善良の果て #白4企画応募
好奇心。
知的生命体にとって、不可欠なものではないか、とわたくしは思います。
五つの自由、ってご存知でしょうかしら。
好奇心を満たす、という正常な行動をできる生活。そのためにはどうしたら良いのか考えまして、わたくしは野良犬であることをやめ、人間の庇護下に入ろうと思いました。もちろん、お相手は善良であることが必須です。わたくしの選んだおじいさんは山へ柴刈りへ行き、おばあさんは川で洗濯をする、その程度には真っ当でした。
なにも贅沢な暮らしを求めておるわけではありません。雨風のしのげる土間に寝て、一日一回おまんまがいただけて、洗濯のついでに魚が獲れればアラにありつき、柴刈りのついでに小動物を仕留められれば肉つきの骨があり。たまには、わたくしも隣村へ遠征し鶏を咥えてきたりなどして、日頃の恩に報いていたわけです。
棲家があり、あちこち歩き回って世の中を分析し、存分になぜ、どうして、と思索に耽る日々。
平和でした。おばあさんが、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきた桃を抱えて戻ってくるまでは。
なぜ、桃から人が。わたくしなどは、まずそう考えるのですが、おばあさんもおじいさんも、そこはすっ飛ばしておしまいになるのです。桃太郎、と目を細めて小さな男の子を溺愛される。
善良。
けれど、好奇心のかけらもない。
とは言えわたくしは、崇高なる犬の精神に則り、この心優しき人々への恩義を忘れるようなことはいたしませんでした。桃太郎が川へ落ちたり、誤って鎌で刈られたりしないように気を配り、時には一緒に遊んでやったりまでもしたのです。
その甲斐あって、すくすくと、あっという間に立派な青年に育ちました。まだ、一年しか経っていないのに、どうして。まるで、犬並みの発育速度です。でもおばあさんもおじいさんも、そこはすっ飛ばしておしまいになるのです。眩しそうに目を細めて、今では自分たちよりも高い位置にある若人の顔をご覧になっている。
善良。
けれど、疑うことを知らない。
わたくしの疑念は、桃太郎から人間の匂いがしないところにありました。
桃太郎が鬼退治に行くと言い出して、わたくしは途方に暮れたのです。
確かに村には、恨みがましい目をして彷徨きまわるものどもが跋扈しておりました。けれどもそれは、鬼というより、実害のないゾンビ。
もしも、本気であのものどもと戦うつもりでいるのなら。その生物学的行動原則、戦闘能力、群れの大きさ、などなど分析しなくてはなりますまい。しかし、それをすっ飛ばして鬼ヶ島を急襲するという意気のみが揚々。さらに、こちらの軍勢はといえば、桃太郎を頭にわたくし、猿、雉。兵糧はきびだんご。兵站の基本のきの字すらありません。まるでどこかの国の陸軍がやらかした時のような。
猿と雉に、何故きびだんごなんぞに釣られたのかと尋ねますと、食べるものがなかったからだと答えるわけです。嗚呼、まさに、五つの自由が損なわれるとこうなる、という典型ではありませんか。
ご恩。仁義。
善良。
けれど、無知。
はっきり申し上げねばなりますまい。好奇心を失った先にあるのは思考停止。
とは言えわたくしは、崇高なる犬の精神に則り、逃げ出すような真似はいたしませんでした。おばあさんとおじいさんに見送られ、鬼ヶ島へと向かいます。
何日も川べりを歩きました。さすがに桃太郎からは甘酸っぱいような匂いがしてまいります。わたくしは、川で行水などされてはいかがか、とお勧めしました。
時間がかかっているようです。そもそも、戦地へ向かうのにこのようなきらびやかで重たそうな着物など、百害あって一利なし。なのに、おじいさんとおばあさんのこさえてくれたものだからと、善良に応えようとなさる。
ことのほか空が青く、風はそろそろと優しく、水面はゆらゆらと凪いでおりました。一糸纏わぬ若い男の肌の上を、水の粒が転がりながら日の光を反射して輝く。尻はまろやかなカーブを描き、淡く上気して不規則に揺れております。
まさに桃のよう。
きっと皆、同じことを思うたに違いなかったのです。猿が音もなく近づいて、桃太郎の双丘をスッと撫でました。雉はその頭を割れ目に捻じ込もうといたしました。
きゃっ、というあられもない声と共に、桃太郎はバランスを崩します。その拍子に、猿の爪が皮膚を破り、雉の嘴が突き刺さってしまい。
流れ出る液体。
抱いていた疑問が氷解していくようでした。わたくしは我にかえり、頭に浮かんだ仮説を検証すべく、ガブリと尻の肉を齧りとります。
桃太郎の悲鳴と共に大量の欠片が飛び散り、わたくしの真っ白な毛を汚しました。
わたくしは口の中のものを吐き出すと、川へ飛び込んで穢れを祓いました。
水からあがってみると、猿と雉によって、桃太郎はあらかた食い尽くされておりました。人間を食らえば骨が残りましょうが、そこに残っておるのは、桃の種でございました。
わたくしは果物や野菜を食しません。これは単にわたくしという個体の嗜好の問題で、犬の中には果物を好むものもあります。兎も角、わたくしが捉えたのは桃の味であり、そのようなものを食するのは、わたくしの欲するところではなかったのでございます。猿と雉が飢えから解放されたのは、大変結構なことでした。
わたくしは、桃の種を土に埋めると、猿と雉に申しました。桃栗三年、いくつほど、実るでしょうか。実が川に落ちて、どんぶらこっこと流れて、またどこぞの善良に拾われて、桃太郎が育つ。それまでの間、わたくしたちは仲間を募り、あるいは子を成して、四年後にまたここに集まろうではないか。さすれば、こちらの軍は多少なりとも賑やかになろうというもの。
それが、じいばあへの、はからずも桃太郎を失ったあの善良なものたちへの、せめてもの罪滅ぼしだと思うたのです。
わたくしは十三匹の子犬を育てあげました。子供たちに五つの自由を保障してやるのは大変なことでしたが、わたくしはやり遂げたのです。猿は三匹の子と、同じく三匹の子を持つもう一匹の猿と共に戻ってきました。雉はなんと、三十七羽の子を連れてきました。卵はもっとたくさん産んだものの外敵が多く、これほどしか残らなかったのだということでした。
川沿いに、桃太郎を探して歩きます。たどり着いた古い家には、わたくしたちが覚えている通りの若人と、善良とのセットが暮らしておりました。
そうして、次の家にも。
瓜二つ、いえ、桃二つの桃太郎。
そうやって十九の桃が揃いました。壮観でした。いざ、ゆかん。
誰もがそう思うたはず。
ところが桃太郎どもは、相打ちを始めたのです。総大将の座を争い、どいつもこいつも一歩も譲ろうとしません。元は一本の木より生まれたきゃつらに、優劣などあるはずはないのに。運頼みのぎりぎりの闘い、転がる骸。むらがる猿と雉。
残ったのは、一人の桃太郎と十八個の種。
愚かな。
わたくしたちは誰ともなく目配せし合い、最後の桃太郎にかぶりつきました。
このままではまた、種から桃太郎が増殖し、厄は拡大するばかりでしょう。かくなる上は、この十九個の種を鬼ヶ島へやってしまえばどうだろう。そう考えていてわたくしは、気づいたのです。
鬼の正体に。
こうして脈々と、先達が葬り去ってきた桃の種の行き先に。
屠られた理由などわかろうもない鬼どもの、悲嘆と恨みに。
わたくしは、あの桃の木とともに、種を焼き払うことにしました。
そして、まだどこかに残りの桃太郎が潜んでやしないかと、子どもたちと共に目を光らせております。
あの善良なる人々が、ひとときでも、なぜ、どうしてと思う心を持ち合わせていたならば。鬼など出でずに済んだのではないかと、そんなことを思いながら。
<了>
ヘッダ画像
pixabay by Chris_and_Ralph
書き終えてからこちらを見ました。大層、よろしゅうございました。
若し、これからお書きになろう、という方は、ここでグッと我慢の子でございます。完成してから、ご覧になることをお勧めいたします。
犬、拝。
こちら、いぬいゆうたさんに朗読していただきました。
お犬の口調が恐ろしくて、自分が書いたとは思えないほどです。お読みになる前に「これはメスですか」と念を押されて、ああさすがだなと思いました。
いぬいさん、ありがとうございます。