宇宙お犬
石旅さんは、森の中にある小さなお家に暮らしています。
好きなのは、夜の空をじっとながめること。毎日、必ず流れ星が見つかります。
町の人たちはその話を聞くと目を丸くして驚きました。そして決まって、流れ星がそんなにしょっちゅう、見えるはずはないと言うのです。
「ほらふき」と、笑われたり。
「うそつき」と、怒られたり。
僕はただ、みんなと美しい流れ星の話をしたいだけなのに。石旅さんはすっかり、しょんぼりしてしまい、町へ行かなくなってしまいました。
宇宙を旅する隕石。それが流れ星です。
まるで、自分の名前のようだと石旅さんは思いました。
今まで同じ苗字の人に出会ったことがありません。実はというと、石旅さんはお父さんもお母さんにも、お祖父さんもお祖母さんにも、会ったことがないのです。
もしかしたら。僕はむかしむかし、隕石と一緒にここにたどり着いたのかもしれない。
地球人ではないのだ、この広い地球で、自分だけが。だからみんな、僕の話を信じてくれないのだ。
ひとりぼっちの宇宙人。
石旅さんがはらはらと涙をこぼすと、それは群青色のシャツに吸い込まれていきました。
今夜は新月で、ことに流れ星がよく見えます。ひとつ、ふたつ、あ、みっつ。
山のいただきに消えたと思った光が、少しずつ大きくなっていきます。どうやら、ゆっくりとこちらへ近づいてくるようでした。
石旅さんは目をみはりました。
犬です。星あかりしかないというのに、全身がキラキラ輝いています。まるで自身が星であるかのように。銀色の長い毛が風になびくと、鈴のように透き通った音がしました。
「こんばんは」犬は大きな黒い瞳で、石旅さんを見つめて言いました。
「こんばんは」なんて美しい犬だろう、と石旅さんはどぎまぎしました。
「私は宇宙お犬」
石旅さんの心臓がドクン、と跳ねます。犬は続けて言いました。
「あなたは宇宙人」
また心臓がドクンドクン、と跳ねました。ああ、きっと、宇宙から来たもの同士だということがわかるのでしょう。
「宇宙お犬さん。あなたはどの星から来たのですか」
犬は首をかしげると、そのまま黙っています。
「僕は、この地球でひとりぼっちの宇宙人なのです。どうやったら、故郷の星へ帰れるでしょうか」
犬は何も答えてくれません。石旅さんの手のひらにじんわり、汗がにじみます。すっかり焦ってしまい、ポケットからハンカチを出そうとして、落としてしまいました。
あわてて拾おうとかがみ込み、石旅さんは目をみひらきました。いつの間にか、小さな生きものが、石旅さんの足もとにいたのです。
「私は宇宙兎」
兎が銀色の耳を動かすと、やはり透きとおった鈴のような音がしました。
「宇宙兎さん。わかった、月から来たのでしょう」
「どうしてですか」兎が耳をぴん、と伸ばして言いました。
「だってほら、月で餅つきをしているじゃありませんか」
「あなたは見たことがあるのですか」
「いいえ、でも、そう言い伝えられているから」
「自分で確かめもせずに、いいかげんなことを言ってはいけません」ピシャリと言われて、石旅さんはしょげかえりました。
「ライカを知っていますか」と犬が口を開きました。
石旅さんはうなずきます。
ライカは、スプートニク2号に乗って宇宙へ行った犬です。ガガーリンがボストーク1号に乗って地球を一周したのより、四年ほど早く一番乗りしたのです。
「宇宙船は戻ってきて、大気圏へ突入するときに燃えつきました」犬は静かに言いました。
石旅さんは涙ぐみます。ライカの宇宙船は最初から、そのように設計されていました。彼女が再び地球へ帰ってくることはできなかったと、知っていたからです。
空気がちりんちりんと鳴りました。
「ライカはここにいます」犬はそう言って石旅さんの顔をじっと見つめます。
今度は、石旅さんが首をかしげて黙りこむ番でした。
兎が、小さな銀色のボールを投げてよこします。石旅さんはつかまえようとしましたが、それは空中にぽっかりと浮かんで、ふわふわしたり、くるくる回ったりしていたかと思うと、ぱん! とはじけてしまいました。
「うわあ」びっくりしている石旅さんに、犬がたずねます。
「ボールはどうなりましたか」
「爆発したみたいになって、なくなりました」
「本当に?」
そうたずねられて、石旅さんはとまどいます。
「よくごらんなさい」犬は、自分の銀色の輝きを消しました。兎も、それにならいます。あたりは電灯のスイッチをきったみたいに暗くなりました。
石旅さんは思わず息をのみました。
細かな星くずのようなつぶつぶが、ちらりり、こらりりと銀色に光って、そこかしこに漂っているのです。
「これは、さっきのボールです」犬が合図をすると、兎が立ち上がって、オーケストラの指揮者のようにうやうやしくお辞儀をしました。銀色のつぶたちは、お行儀よく一列に並んだかと思うと、犬と兎の方へすううう、と吸い込まれるようにして見えなくなりました。
「この宇宙では何ひとつ消滅したりしません」もう一度、銀色の光を放ちはじめた犬と兎は、声を合わせて言いました。
「ライカも、なくなってなどいません。こうやって、わたしたちの一部となったのです」
「私は宇宙蛙」
「私は宇宙モモンガ」
「私は宇宙フクロウ」
「私は宇宙カブトムシ」
「私は宇宙どんぐり」
周りから口々に声があがります。蛙は銀色の声で、けろろんりんろん、と鳴きました。モモンガは銀色のカーペットをひろげて、木から木へと飛びます。フクロウが目玉とくびをぐるぐると回すと、つられてあたりの空気が銀色に光ります。カブトムシがとまった木では、葉っぱが銀色になりました。どんぐりがころころころがって、大地は銀色に輝きました。
あまりの美しさに、石旅さんは声を出すことも忘れてみとれました。
「あなたにも、ライカの粒が入っています」
犬にそう言われて、石旅さんははっとします。
「そうか。だから、僕は宇宙人なのですね」
犬と兎は、うなずきます。
「そうです、石旅さん。あなたのお父さんもお母さんも、お祖父さんもお祖母さんも、みんなみんな宇宙人でした」
「町の人たちも、みんなみんな宇宙人」
「そのとおりです」
ああ、そして、お父さんもお母さんも、お祖父さんもお祖母さんも、美しい粒となって誰かの中に入っているのです。それは町の人かもしれないし、もっと遠くの国に住んでいる誰かかもしれない。
僕は、お父さんにもお母さんにも、お祖父さんにもお祖母さんにも、会いに行くことができるのだ。
石旅さんははらはらと涙をこぼし、それは群青色のシャツに吸い込まれていきましたが、今度のは嬉し涙でした。
「ありがとう」と石旅さんはお礼を言いました。
もうすぐ夜明けです。犬と兎の後ろすがたが山のいただきに向かい、小さくなっていきます。
お別れするのはちょっぴりさびしい気がしました。でも同じライカの粒を持っているのだから、いつも一緒なのだとも言えましょう。
群青色のシャツに、星のような模様ができました。涙のこぼれたあとが、銀色に光っているのです。
これを着て町へ行こう。すてきなシャツですね、と声をかけてくれる人がいたなら、一緒に流れ星を見に行きませんか、と誘ってみましょう。
運がよければ、また宇宙お犬に会えるかもしれませんね。
<了>
こちらへの応募作です。
編集長、どうぞよろしくお願いいたします!!
なんとなんと挿絵は、このお方なんです! 夢のような出来事です。
すごいしあわせ。
ちゃっかり宣伝。
10月7日(土)から、第二章が始まります! いつも遊びに来てくださって本当にありがとうございます。
お屋敷でも、noteを読みながらワイワイガヤガヤ、しておりますのよ(ホニョーラ談)。