モラルセンターとしてのラーメンハゲ
『らーめん発見伝』を読んだ。ラーメンハゲこと芹沢達也がとにかく有名なシリーズの第1作である。実は第2作の『らーめん才遊記』を先に読むというポカをやってしまったのだが、こちらも名作だった。まずは第1作の感想をまとめ、次に2作品を通じて気づいたことを書き留めたい。
『らーめん発見伝』の概要
主人公の藤本は意識の低いサラリーマンである。だが彼には脱サラしてラーメン屋を開くという夢があり、夜にはこっそり屋台を出して修行している。彼の知識やセンスには十分に光るものがあるが、独立するには不足している点もあった。そして何より、覚悟が中途半端なところもあった。
そんな藤本だが、仕事やプライベートでとにかくラーメンと関わっていく。仕事ではご当地ラーメン企画で各地のラーメンを食べ歩いたり、プライベートでは問題を抱えたラーメン店主のお手伝いをしたり。
さらにある出来事から、藤本はニューウェイブ系ラーメンの頂点にいる芹沢に目をつけられ、折に触れてラーメン対決をすることになる。
芹沢は性格がキツい。コンペの度に「さすがラーメンマニアの藤本君だ」とか「こんなこともわからなかったのかね」とか、藤本に陰湿なコメントを投げかける。だが、そんな芹沢と対決を繰り返すたび、藤本は成長していく…
数話完結の人情ばなしは★★★☆☆
本作は大きく二つの構造に分かれているといえるだろう。「数話完結の人情ばなし」と、「藤本の物語」だ。
そして、話数の多くを占めるのは「数話完結の人情ばなし」である。仕事やプライベートで、藤本はラーメンに関わる問題に取り組んでいく。まあ美味しんぼみたいなものだ。
この人情ばなしの方は、そこそこにアタリハズレがあったように思う。というのも、この作品は登場人物の性格が極端なところがあり、ダメ人間やゲス人間が結構な頻度で出てくるのだ。それにキツさを感じてしまうところが問題だったのかもしれない。
これは、ラーメン一本で話を進めつつも、単調さを感じさせないための措置だったのかもしれない。美味しんぼであれば、あらゆる料理・食材をテーマにできるため、バラエティに富んだ内容にできるだろう。ラーメン一本となると、極端な人物描写でメリハリを出すしかなかったのかもしれない。
藤本の物語は★★★★★
一方で藤本の成長物語には大満足だった。本当にじっくりと成長が描かれているし、ラーメン知識が豊富な「ラーメンマニア」から、覚悟を決めた「本物のラーメン屋」に脱皮していく終盤の展開は胸が熱くなった。
成長を促してくれる芹沢の存在も最高のスパイスになっていた。常に上から目線で藤本をいじり倒しているように見えて、彼の成長を気にかけ、課題を与え続けている。
その動機付けも良くできている。芹沢は、職人として妥協なく作った淡口ラーメンがヒットせず、ブームに乗っかってヤケクソで作った濃口ラーメンがヒットしてしまった経験がある。その経験から、客の味覚を信用することが出来なくなってしまい、理想のラーメンを追求する「職人としての自分」と、打算的に成功を狙う「商売人としての自分」で常に葛藤しているような状態だったのだ。
そんな芹沢の店を訪れ、「自分は淡口ラーメンの方が美味しいと思う」と語った藤本に芹沢はどうしても肩入れしてしまう。もちろん、素直になれないのでいつもイヤミを振りまきながら。
だが最後には、成長した藤本の姿に芹沢自身が救われるのである。本当によくできたライバル関係だった。
改めて続編を読んでみると
さて、冒頭に書いたように、自分は続編である『らーめん才遊記』を先に読んでしまったのだった。
『らーめん発見伝』を読んだ勢いで、今また読み返している。いくつか気づいたことがあるので書き留めておこう。
芹沢がラーメンコンサルをしている意味
前作では、芹沢は「職人としての自分」と「商売人としての自分」で葛藤していた。そんな彼が『らーめん才遊記』の時点ではラーメン店についてのコンサル業を営みつつ、実験的なラーメンを提供する店舗を営んでいる。
これは彼が、自分には職人と商売人の二つの側面があることを肯定的に受け入れ、それぞれを活かしているという姿に他ならない。
藤本に最終対決で負けた直後の姿からシンプルに考えると、ストイックな職人に戻っても良さそうなものだったが、彼はとてもいい着地をしたように思える。
モラルセンターの存在
前作では、数話完結のパートに当たり外れがあったと書いた。それは極端な性格のキャラクターが登場することのキツさに原因があった。
『らーめん才遊記』でも、ずいぶんな性格のキャラクターがどんどん登場する。というか主人公の「ゆとり」がもうキッツイ。
だが、『らーめん才遊記』には前作で感じたようなストレスがほとんどなく、気持ちよく読めるのだ。それはなぜか。
ツッコミの有無に大きな違いがあるのだ。前作では極端なゲスやクズを出しておいて、そこまで痛い目にあってもらえないシーンもあった。藤本の女上司である葉月なんか、全然役に立たないくせに藤本にパワハラしまくりだったし、作中で十分なツッコミもなかったのだ。だから読者は不快感を持て余してしまった。
一方で『らーめん才遊記』では、ゆとりの上司である芹沢がバッシバシと辛辣なツッコミを入れてくれる。これが見事にバランスをとってくれるのだ。
以前にみたtogetterまとめによると、このような立ち位置のキャラクターを「モラルセンター」というらしい。
物語には倫理観のぶっとんだ人間がいてもいい。むしろそういうキャラクターがいてこそのフィクションかもしれない。
ただし、その場合は取り扱い注意であり、読者と同レベルの感覚をもったキャラクター(モラルセンター)からのツッコミが必要なのだ。続編では芹沢がさらに絶妙なポジションに置かれ、躍動している。これが続編をさらに楽しいものにしている一因といえるのだろう。
※上記まとめで出てくる「モラルセンター」という用語について、その概念には完全に同意なのだが、日本語でググっても、英語でググっても、モラルセンターという語にその意味が存在することの裏取りはできなかったことを付記しておく。