ゴールデンカムイ雑感、杉元の物語

ちゃっかり無料で最後まで読めてしまった。
無料期間中に急いで読んだという感じで、細かいところを把握しながら読めたものではないのだが、少しだけ感想を。

杉元佐一の物語

主人公、杉元佐一は日露戦争の生き残りだ。杉元は戦死した友人の願いをかなえるため、砂金を追い求める。とりあえず、これが杉元佐一の旅の目的である。

とはいえ、巻数を重ねるほどに物語のスケールも増していく。アイヌという民族自体のアイデンティティや未来といったテーマも表に出てくるため、杉元の目的は影の薄いものになってくる。

しかし、杉元佐一の物語は「金塊が手に入れば戦死した友人の想いに応えられる」というだけの単純なものではない。杉元自身が、その後どうやって生きていくのかを見つける物語でもあるのだ

「俺は不死身の杉元だ」

日露戦争で鬼神のごとき強さを発揮した杉元は、「不死身の杉元」の異名で呼ばれている。バトルシーンにおいても「俺は不死身の杉元だ!」という決め台詞が印象的だ。それと前後して、彼は尋常じゃない暴力をふるったり、文字通りのタフさが示されたりする。

不死身で無敵のバイオレンスヒーロー。それが不死身の杉元なのだ。

ただし、「不死身の杉元」というのは呪われた称号でもあった。杉元自身、元々は常識的な青年だったのである。そんな彼が、戦時中にやむを得ず獲得したバイオレンスな人格。それが「不死身の杉元」であるといえるだろう。

だとすれば、戦争が終わったにも関わらず「不死身の杉元」としてイカれた戦いを続けていることは、冷静に考えると悲しい光景なのである。

そんな杉元の欠落が、第100話「大雪山」にて印象的に描かれている。

杉元「アシリパさん、鈴川は悪人だ。悪人は人の心が欠けているから普通の人間より痛みも感じないはずだ。だからいちいち同情しなくていい。」

アシリパ「子どもだと思ってバカにしてるのか?そんな理屈でごまかすな」

杉元「俺はそう思うようにしてきた…戦争のときもロスケは俺たち日本人とは違って苦しまずに死ぬはずだって…戦場では自分を壊して別の人間にならないと戦えない。俺達はそうでもしなきゃ生き残れなかったんだ」

アシリパ「みんな元の人間に戻れなかったのか?」

杉元「戻れた奴もいただろうさ。故郷へ帰り家族と過ごす時間で、元の自分を取り戻せるのかもな。日本に帰ってきても元の自分に戻れない奴は、心がずっと戦場にいる」
<中略>
アシリパ「杉元も干し柿を食べたら、戦争に行く前の杉元に戻れるのかな。すべてが終わったら…杉元の故郷へ連れていけ。私も干し柿を食べてみたい。いいな?杉元」

第100話 大雪山より

最後のアシリパの言葉を聞いて、杉元は泣いていた。だから、杉元の物語のもう一つ大きなテーマとして「杉元がもとに戻れるか」があるのだろうと考えながら、以降を読んでいた。

だが、そのあとの戦いは激しさを増す一方で、杉元のバイオレンスもますます過激になっていく。自分は「今の戦闘に勝てるか、窮地を超えられるか」というだけでなく「いよいよ杉元が元に戻れなくなってしまうのではないか」とヒヤヒヤしながら読んでいた。

激闘を終え、最終話。杉元は干し柿を食べる。

アシリパは杉元に「干し柿を食べて何か変わったか」と尋ねる。「不死身の杉元」でなく、杉元佐一に戻れそうかと尋ねているのだ。

杉元は答える

「う~んべつに…でも変わらなくて良いと思うよ。役目を果たすため頑張った今の自分が、割と好きなんだよ」

最終話 大団円より

このセリフは深いなぁと思った。日露戦争のために暴力性を発揮した後の杉元は、このような境地にはいなかっただろう。でも、戦死した友人の願いのため、アシリパのため、アイヌのために不死身の杉元として戦ったことには後悔はなかったのだ。

その上で、杉元はアシリパと共にアイヌの里で生きる事を決断する。

杉元は戦争の前の杉元には戻れなかった。だが、それでもよかったのだ。
考えてみれば「元に戻る」というのは、経験した時間を否定するということだ。

「日露戦争に参加し、生きるために人を殺した」ということは、忘れられたら幸せだろう。だが、金塊争奪戦で杉元が命を懸けて戦い、アシリパを守りぬいたことは、誇らしいことでもある。

元に戻らない、つまり戦いの記憶と共に生きるということは、自身の振るった暴力から目を逸らさないということでもあり、その背景にあった信念や誇りとも一緒に生きていくということだ。

それに、元に戻らなくても大丈夫だ。アシリパと一緒で、アイヌの里に住むなら、杉元はありのままの自分で、穏やかに生きていけるだろう。

それはとても幸せなゴールだったなぁと思う。


他にもいろいろな側面から読める作品だと思うし、アシリパが個人として、アイヌとしてのアイデンティティを求め、獲得する物語としても激アツなのだが、もっと読まないとこれ以上は語れそうにない。

ともあれ、素晴らしいマンガで、いい読後感だった。


4/29追記

本作のラストについて、「白石が金をつかって新たに建国って結局帝国主義じゃん」という批判があり、なるほどなと思ってしまった。

本作において、アイヌは複雑な立場に立たされる。北の守りとしての必要性から、日本人が北海道を開拓しに入ってくる。先住民として、自分たちのアイデンティティは守られるのか。アイヌたちは困惑し、葛藤する。

白石による建国がどのようなものだったのかは描かれていない。それをいずれ描いてもいいだろうと、著者のあとがきにもあった。

東南アジアに白石が建国したならば、それによって生活が変わってしまった人々もいただろう。繊細な世界観を持っていた民族が、ある日を境に白石王国の一部に組み込まれてしまうなら、日本がアイヌを脅かしたことと何が違うのか。同様のことをしてしまったなら、白石が今回の旅で学んだこととは何だったのかという話だ。

これに対して「フィクション相手にそれはヤボなツッコミだ」という人もいたが、どうだろう。自分はそこまで的外れにも感じていない。

単に「帝国主義は良くない」という指摘をしたなら、フィクション相手につまらない、いい子ちゃんの指摘をするなぁと自分も思うのだが、そうではなくて「白石が結局”葛藤する先住民”を作り出してしまったのならなんとも無神経な話だ」という批判は十分に成立するように思う。

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