『中間管理録トネガワ』雑感
本作はカイジシリーズの公式スピンオフである。シリーズ1作目、『賭博黙示録カイジ』において敵役だった利根川が主人公だ。
原作において、利根川は印象深い悪役である。エスポワールの参加者に対して「fuck you」から始まるキレッキレの演説をしたり、eカードでカイジを極限まで追い込んだり(イカサマだよりだったけど)。
そんな利根川を通じて描かれるのは、ブラック企業・帝愛での日常である。利根川は中間管理職だ。兵藤会長の部下であり、黒服たちの上司でもある。
そんな利根川の日常をギャグとして描くのだが、いろいろな面で楽しめた。
福本フォーマットとの化学反応
本作は、サラリーマンにありがちな出来事を題材にしたギャグマンガである。テーマだけみると凡庸なマンガに見えるのだが、このような穏やかな日常ネタを福本伸行の絵柄とフォーマットで描くことで、妙なテンションが生まれていて、それが抜群に面白いのである。
もともと、福本伸行といえばスリリングなギャンブル漫画の大御所である。『カイジ』や『アカギ』などにおいて、福本は独自の絵柄、コマ割り、セリフ回しを確立し、シチュエーションの絶望感や、人間の極限的な心理状態を描いてきた。
その文体がそのまま、上司の機嫌をうかがうときの心理描写とか、やらかした黒服の心理状態に流用されるのである。このギャップが大きなウリになっているのは間違いないだろう。
他にも『ハンチョウ』、『イチジョウ』というスピンオフも展開されており、ハンチョウの方は少し読んでいる。
こちらは「オッサンが休日をささやかに楽しむ方法」が描かれているのだが、これもやはり福本文体とのギャップが独自の味を生み出していた。
恐るべし… 福本文体…!
利根川の美点
主人公である利根川は、『カイジ』においては終始悪役だった。しかし、彼の中間管理職としての在り方は、全くの別物だ。
理不尽の権化のような会長の機嫌をとるため、頭をフル回転させ、それでも結局振り回される様子は喜劇的だ。ここでの利根川は見事な三枚目を演じており、自然と共感の対象になる。
一方、上司としての利根川は実に優秀だ。含蓄のある仕事論を語るし、黒服だらけの職場で顔と名前を一致させるための努力をする。結婚式ではフラッシュモブにアドリブで合わせ、盛り上げて見せる。
そうやって、真摯に、優秀に中間管理職をやっている様子というのは、好感の持てるものだ。
まとめ
中間管理録トネガワは、ギャグとして十分に楽しめる作品だ。原作にぶら下がっているだけのスピンオフではなく、しっかりと笑いを作っている。
加えて、真摯に中間管理職をやっている利根川の姿というのが、意外と好感の持てるものであるのもポイントだ。
正直、利根川の務める帝愛はかなりヒドイ環境である。理不尽の権化のような上司がいて、頼りない部下の黒服たちがいる。
そのような環境でも、上司の理不尽に腐らず、部下に細かく気を配りながら働く利根川の姿というのは、意外にも希望を与えてくれるものだった。
色々な楽しみ方が出来る本作は、なかなかのオススメ作品といえるだろう。
※ 苦言を呈すなら、マサやんのくだりだけはちょっと楽しめなかった。会長の影武者が必要となり、顔だけは似ているナイスガイのまさやんをスカウトするところまではいい。そこから、会長の異常な言動を再現できるよう、まさやんを教育していくところ、そしてまさやんが異常者になっていく様子は、ギャグにしてもちょっと倫理的にどうかなという表現だった。
終盤、まさやんが元どおりの人格で去っていく描写があったことで、少しバランスはとれたのだが。