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塹壕の中の詩

 塹壕のなかで詩を書くことが大流行した時期があった。
 みんなが余りにも死んだ目をしていたものだから、上層の、塹壕に住んでいないやつらが雑誌を前線に、勝手に頒布しはじめた……とあるページに小さい寄稿コーナーがあり、兵士たちはそこに短い詩を送ることができたのだ。それ以前と以降では、塹壕内の空気はまるで違ったと思う。雑誌が始まってからは、猫も杓子も、詩のことしか考えていなかった。たとえネズミが足を齧ったとしても心ここにあらずだ。みんな、詩以外のことはどうでもよくなってしまっていたようだった。
 このような戦争の時代、僕らの中では文学的教養のある者の方が稀であったから、そのことが作用してかえって良い詩ばかりが生まれていた。湿気、ホコリ、病気、硝煙。そこでは見ず知らずの他人の産み出した文章などはどこにも付け入る余地もなく、塹壕の半径5メートル以内に存在するもののみが煮出され、昇華して、結晶をおり成すように詩になっていった。

 ある日、塹壕全体がざわめく気配を感じて、浅い泥のような仮眠を終えた。ぎゅうぎゅうに詰まった兵士たちが、口々になにか喋っていた。「良い詩ができた」「良い詩ができたらしい」と、みんな、伝線したセーターのように一列に、言葉を繰り返していた。

「おーい、良い詩ができたぞ!」

 一人の兵士が、待ちきれないといった具合に塹壕から飛び出して叫んだ。彼はすぐに敵軍に撃ち殺される、誰もがそう思っていたが、銃声はいつまでたっても響かずにいた。
 みんながのそのそと顔をあげると、そこにあるはずの戦車はなく、代わりに戦車くらいの大きさのゾウガメが鎮座していた。自分たちの手元にも銃はなく、みんないつの間にか、色とりどりの野菜を携帯していた。敵味方関係なくゾウガメに野菜を与えていって、その戦争は終わりになった。


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