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第6話| 聖者 ナーガ・アルジュナ
午後から雨になった。
お天気キャスターは「鬱陶しい季節がやって来ました」って言ってるけど、僕はぜんぜん鬱陶しくない。雨の音聴きながら本読むの、最高。
考えられる存在と、見られる存在とがあるんだ。
世界には少なくとも2枚の存在のレイヤーがあるってこと。いつも僕らはその2枚を重ねて見てるから、べつに区別しない。きのう花屋さんで見た赤い花を、今思い出してる。思い出す赤い花は、いま目の前に見てはいない。考えてるんだ、赤い花のことを。
じゃ、「われにあらざる」の意味もわかる?
物事は、レイヤーと無関係に自分だけで存在することはない... ってこと?
それでいい。「さとり」とか「まどひ」とか、「仏」とか「衆生」とか、「生」とか「滅」とか、みんな、君のいう「レイヤー」と離れては存在しない。そのレイヤーを外せばたちまち消えてしまう繊細なものなんだ。
諸行無常?
すごい言葉を知ってるな、今どきの小学生。
ギオンショージャの主題歌だから。
アニメ?
うん。ギオンショージャは72次元空間の王で、それを3次元に圧縮しようとするウルバヌスと戦って、聖者ナーガ・アルジュナを魔界から救い出すんだ。
その聖者の名前はダザイのメモリにも入ってる。
どんな人?
聖者ナーガは「レイヤー」のことを「エンギ」と呼んだ。
エンギ?
レイヤーを作ってる繊維を一本一本バラしたようなものかな。この世界をレイヤーの重なりと見るのと同じように、72次元空間は数えきれないエンギで織り上げられた紋様で覆い尽くされている。
この世界にありとあらゆるものは、紋様なの?
聖者ナーガはそう言った。しかも紋様はたえず生じ、たえず消える。「諸行無常」とはそういう意味だ。しかもそのエンギは人間自身が織っている。ぜんぶ神が創ったと考えるイスラームやキリスト教とはそこが違う。
じゃ織りかた練習すればいいね。かっこいい紋様にしよう。けっきょくさ、ダザイ、この世界を仏法のもとに見るとき、迷いと悟りがあり、生と死があり、諸仏と衆生があるわけだけど、それもすべてエンギの織物ってわけか。「さとり」とか「まよひ」っていうなにかが「ある」わけじゃない。織り続ける結果、紋様が現われたり消えたりする… そういうこと?
ダザイは君の解釈を正しいとかまちがってるとか、言わない。ダザイのメモリには客観的データが蓄積されてる。それに矛盾するときだけ、警告音を出す。
どんな音?やってみて。
ゴォ〜〜〜〜〜〜ン
(つづく)
挿し絵|富澤大勇