歌壇賞応募作
2023年度歌壇賞に応募した作品を今更ながらあげておきます……。(一部改変しています)
リセット
西川 すみれ
赤、青、黄、緑、紫 とりどりの布巾を干せばここは明るい
十ミリの卵を抱えて待つホーム吹く風だけが限りなく初夏
「お金のことは心配しなくて良いから」とピザトーストをかじってあなたは
虹の橋渡っていった金の犬 迷うことなく伸びる夏雲
FSH注射は効かず生徒らにテープの跡を誉められており
母からの現金書留 一面にピンクのツツジやシロツメクサが
お母さんって言ってほしくて今日も乗る九時三十五分発の〇〇バス
クロミッドは効きすぎた 産んであげれない ごめんね さよなら 8つの卵胞
苦しみはわかちあえぬということの茄子を大葉と豚バラで巻く
温かな暗闇の中で唯一の明るさとしてあなたの指が
あの人もあの人もあの人もお母さん がーらんどうの身体で歩けば
プレマリンとルトラールを飲む来月の排卵のために身体をリセット
ジーンズを逆さまに干す 横の家の赤ちゃんの服が大きくなった
治るかはわからないけどひたすらにゆで卵食べて多嚢胞性卵巣
三度目のサンダーバードでハムレタスサンドと寝息を半分こする
七人の家族を包んだこの家で二人になろうとしている義父母は
タイムカプセルからおもちゃの広告やポケモンの絵やロボットの模型
効くときも効かないときもあるけれどレトロゾールのにごったオレンジ
ぽつぽつと光を落とし線香花火あなたの手から産まれて死んで
金の梨八つにひらく明るさであなたも私も年老いていく
ミニトマト、オクラ、きゅうり、なす、ししとう、かぼちゃ、たまねぎ、富山の光
私のことを見ていない日は海蛍死ぬ間際まで一緒にいたい
手羽先の手羽の部分を切り取って白ごまふればそこはもう秋
十四ミリあった卵が消えちゃったパサパサパサパサふふふ猫じゃらし
それ私にちょうだいまあるいピンク色のかわいいかわいいマタニティマークを
赤蜻蛉すいすい泳ぐたやすくはあなたに触れられない日もあって
やさしいお酢のラベルがうまく剥がせないどの医者のことも信じられない
あれは火だ。秋刀魚をコンロに入れたときあの子を送った葉月の夜の
「茹でたてのむきえびぷりぷりおいしいねお父さんいつ帰ってくるかな」