光は常に正しく在り その⑲:魔王
この街は明るすぎる。
目が痛い。目が痛い、ずっと。
気づいてしまいたくなかったよ。気づいてしまうと、終わってしまうって解っていたから。
ぼくは10年前、「とある架空の国を作って、その世界のお話を唄う」ってやり方で、音楽を作っていた。
その国には「禁歌法」という法律がある。王様が決めた音楽以外を奏でた人間は罰せられる。そんな世界で、吟遊詩人は自由と孤独を武器に抗っていくっていうストーリー。世界を支配する魔王を倒す英雄譚、RPGの王道だよね。
21歳の頃のぼくは、世の中がとても嫌いだった。中身のない価値観が蔓延り、クソみたいな音楽ばかりが流行り、みんなと同じじゃないといけないという同調圧力に辟易していた。花も鳥も動物も芸術も、こんなに綺麗なのに。社会だけが汚すぎる。
その物語は、そんな社会の写し鏡として作った。当時のぼくは、世の中に対して、まるで実体のない魔王が世の中を気持ち悪い形に支配しているように感じていたから。すごくしっくりくる世界観と物語を作ることができていたな、って今でも感心する。だけど、10年経った今の世の中はもっと酷い状況になってしまっているように感じていて。
なんの意味もない肩書きに憧れる人々であふれ、即効性のある快楽だけが持て囃され、クソみたいな音楽はこの街に流れ続けている。
交わされる挨拶はまるで儀式のように表面的だから、まるで本質を失ったディストピアにいるようで、存在しているだけで吐き気を催す。
ぼくはもう、自分の思う美しい景色以外は見たくないし、どうでもいい誰かの言葉で心を汚されたくないし、好きな音楽以外は聞きたくない。
ははは。
どうやら、魔王はぼくのほうだったらしい。
自分の「好き」を、自分の「Yes」をちゃんと表明するために、嫌いなものたちにはすべて「No」を突きつけてやる。
誰かに合わせる必要なんかないし、楽しいふりをする必要はないし、嫌いなものがあったって良い。仮面をつけて隠してしまっても良いから、その下のあなたの本当の素顔を、どうか忘れないでね。何者かどうかなんて関係なく、あなたのあなたはとても素敵なんだから。
もう、ぼくは手遅れだけど......。
ここ数年、どうやらぼくはいろんなしがらみに流されていたらしい。誰かの顔色ばかり伺うことを覚えて、ゆるくて、ぬるくて、ダサくなってしまっていた。
21歳の頃、たくさん音楽を作ることができていたのだけど、それはきっと、世の中が嫌いだったから。いま、ぼくの心持ちはバビディに洗脳されたベジータのように晴れやかでいる。
そう、コミュニティーなんかくそくらえなんだ。
Noを言えば、勝手に傷つく誰かがいる。それがとても面倒くさい。わざわざお前らの好きなものを傷つける趣味はないよ。知らないところで勝手に傷ついててくれ。ぼくはぼくのNoをきちんと表現していくから。自分の中のたったひとつのYesのために。
個の尊さ、ひとりが独りであることの美しさ。それをどうか覚えていてね。共感なんかされなくても、共有なんかしなくても、想いを込めた沈黙は、誰かの軽い言葉なんかじゃ傷つきやしない。きみの本当の気持ちは、ダイヤモンドなんだから。それがわかったら、きみも立派な魔王さ。今度戦おうね。
仮面ライダークウガがとても好きだった。素顔の涙は仮面で隠して、誰かのために戦える。そんな存在に憧れていた。変身するたびに、自分が少しずつ怪物になってしまう恐怖と闘いながら、誰かの笑顔を守るために、自分の本当の正義を曲げて、優しくできる。ぼくもそうなりたかった。
タバコの吸いすぎで荒れ果てたこの唇からは、もう優しい言葉は出てこないだろうし、ぼくは自ら怪物になることを選ぶ。実体のない「世の中」なんてものを隠れ蓑にしてるのはぼくのほうだよ。ただただ、自分が嫌いなものたちに対して、独りよがりに八つ当たりしてるだけなんだってわかってるんだ。笑えるよな。
誰よりも英雄に憧れているからこそ、ヒーローになりたかったからこそ、怪物になることを選ぶんだ。どこかで、ぼくがなることができなかった勇者が現れるのを待っていたいから。願わくば、その勇者が、この魔王をぶっ倒してくれますように。どうか、このクソ魔王を殺して。殺して。殺してくれ。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーな。お前は阿呆か?四の五の言ってないで、さっさと手を動かせ。曲を作れ。唄を歌え。練習しろ。言い訳してる暇があるなら、動けば良い。お前に誰かと楽しくコミュニケーションをとる余地なんてないし、遊んだりする時間なんてない。こんなしょうもねーこと考えるのは、それもすべて、お前がクソザコのクソゴミのカスなせいだ。お前の能力が、人間性が、カス以下のウジムシにも劣るクソゲボだから、誰もお前を見ないし、誰もお前の音楽なんて聞かないのさ。こんなもんを書くよりも、やることがあんだろ?それでも足りないんだから、寝る時間を削れ。血反吐吐くまで勉強しろ。それができないなら、望み通りさっさと死ね」
ははは。うん、きみの言う通りだね。
じゃあまたね、この世界。
ぼくの気が向いたら、また会おう。
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