【使用目的・作用機序】心不全に対するβ遮断薬【ガイドラインの推奨も確認】

β遮断薬は,心不全標準治療薬として確固たる立ち位置を得ています.

【心不全標準治療薬】
・ACE阻害薬(忍容性がなければARB),β遮断薬
この2カテゴリーを筆頭に
・MRA(ミネラルコルチコイド拮抗薬)
が次点
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以下,新興勢力
・SGLT2阻害薬
元々糖尿病治療薬であったが,非糖尿病の心不全にも適応が通った異端
・ARNI
エビデンスベースにACE阻害薬にとって代わる存在になろうとしている

しかし,実は,過去にはβ遮断薬は,”心不全に禁忌”とされていました.

心不全治療におけるβ遮断薬の立ち位置の変遷と,予後改善の機序,実際の推奨などを話していきます.

 

■β遮断薬の禁忌時代から標準治療薬への道のり

β遮断薬は,陰性変力作用および陰性変時作用をもつので,心拍出の低下を本態とする心不全には禁忌とされていました

・・・

いや,何もおかしい考えではないですよね?

実際に,急性期の非代償性心不全においては,心拍出の低下が循環不全を増悪させる可能性が高いので,今でも基本的にβ遮断薬は禁忌です.(心不全の程度や種類にもよりますけど.)
たいていの場合,うっ血がとれてきていてからβ遮断薬の開始や増量していると思うので,循環器医のβ遮断薬の使用タイミングに注目してみてください.

むしろ
β遮断薬が心不全の予後を良くすることによく気づいたな!?”
です.

はじまりは1970年代から,低心機能の心不全に対するβ遮断薬が,症状や心機能を改善させたという報告がいくつかあらわれ始めました.

それから20年後,β遮断薬が慢性心不全の予後を改善させること示した最初の大規模臨床試験は,1996年に報告されたUS Carvrdilol試験です.

意外にも,β遮断薬の黄金期が来てからは30年も経ってないんですね.

US Carvedilol試験はその名の通りカルベジロールのデータですが,その後も,CIBIS-Ⅱ試験でビソプロロール,MERIT-HF試験でメトプロロールコハク酸(本邦採用なし),が同様の予後改善効果を示しました.

また,COPERINICS試験ではNYHAⅣの最重症心不全に対して,CAPRICORN試験では急性心筋梗塞による低心機能に対して,それぞれカルベジロールが予後改善効果を示しました.

(≫CIBIS-Ⅱ試験やCOPERUNICS試験については,こちらの記事でも言及しています.)

かくして,β遮断薬は,慢性心不全の標準治療薬としての立ち位置を確立したわけです.

US Carvedilol試験から10年以内これらすべての試験が報告されており,医療におけるパラダイムシフトはすごいな,と思います.

 

■なぜ有用か:作用機序から

心不全症例では,代償機構として交感神経が活性化しています.

交感神経を亢進させることで,強心作用や心拍数増加を起こし,心拍出を増加させるためです.

しかし,長期的には,
心筋の疲弊(エネルギー需要の増大)線維化による心筋障害
を起こし,
左室機能の低下左室拡大といった左室リモデリング
につながります.

β遮断薬は,この心筋障害を低減し,左室のリモデリングを抑制します..

さらに,β受容体の反応性を回復させることで,運動耐用能などを改善させたり,長期的には左室機能の改善(リバースリモデリング)にもつながります.

【心不全症例におけるβ受容体のダウンレギュレーション】
ダウンレギュレーションとは,「継続的ないし過度な刺激によって受容体の反応性が低下すること」です.
重症心不全の方は,慢性的に大量の内因性カテコラミンにさらされいるので,β受容体がダウンレギュレーションしています
”β受容体が酷使されすぎて疲れちゃっている”メージです.
高カテコラミン刺激の状態は,急性期では代償機構なのでしょうがないのですが,常にこの状態にさらされていることはよくありません

例えば,競馬の騎手は最後のストレートまで鞭はあまり打たずに温存しておきますよね?(競馬やったことないですけど←)
そのなかで,常に鞭を打ち続けている騎手がいたら,やばいですよね?
「”いざというとき”のために温存しておかないと!」という理論です.
心臓も同じです.

心臓において”いざというとき”とは,例えば,日常の階段昇降などの労作であったり,感染症になったときや,飲水や塩分摂取で体液量の負荷がかかったときです.
心不全の患者さんは,こういった酸素需要の変動に対する”あそび”が全然ありません.

β遮断薬は,このβ受容体ダウンレギュレーションを抑制します(β受容体のアップレギュレーション).
”いざというとき”のために,β受容体の反応性を温存してくれるんですね.
【心不全症例における心筋細胞内のCa2+ハンドリングの異常】
少し難しい話をします.
β遮断薬が,β受容体の反応性を回復させる機序は,β受容体のアップレギュレーションだけではありません.
例えば,そのひとつに”心筋細胞内のCa2+ハンドリングの改善”があります.
「うわ,難しい話始まった💦」と思うと推測しますが,まぁ,すこし聞いてください.

心筋が収縮弛緩するためには,心筋細胞内の筋小胞体がCa2+を放出・再取り込みを繰り返しています.
これを”心筋細胞内のCa2+ハンドリング”と呼びます.
β受容体刺激は,このCa2+ハンドリングを調整しているんです.

心不全症例における交感神経の持続的刺激は,(漏出や再取り込み低下などで)筋小胞体内のCa2+を枯渇させ,細胞質内のCa2+の過負荷を起こします.
平たい話,心不全の方の心筋細胞内では,心筋の収縮弛緩に重要なCa2+ハンドリングがうまくいっていません
これが,心不全ではβ受容体刺激がうまく働かない一因になります.

β遮断薬は,この心筋細胞内のCa2+ハンドリングを改善させることがわかっています

前述してきた,β受容体のアップレギュレーション心筋細胞内Ca2+ハンドリングの改善以外にも,β遮断薬には,心筋の線維化などを抑制する抗酸化作用なども言われています.

「もう作用いっぱいありすぎてわからん!」

ってなりますよね.

私もです.

つらつら書きましたけど,言いたいことは

β遮断薬は

(単純な作用ではなく)さまざまな作用機序で,心不全における心筋リモデリングを抑制し,β受容体の反応を回復させ,左室機能の改善も期待できる

ということです.

(この領域の研究をするわけでもなく)臨床に生かせるβ遮断薬の心不全への有効性の理解は,たいていこれで問題ないと,個人的には思います.

ちなみに,”β遮断薬の予後改善効果”には,「β遮断薬が,致死的不整脈によるイベントを有意に抑制できる」という因子も関与していますが,これはまた別の機会に話します.

 

■心不全に対するβ遮断薬の推奨

ここで注意ですが,

β遮断薬は心不全ならなんでもかんでも使用すればいい
と言うものではありません,

 

先の項で,β遮断薬が標準治療薬としてのポジションを築くに至った,いくつかの代表的な試験の話をしました.

しかし,これらの試験で明らかな生命予後改善効果が示されたのは,すべて左室収縮能が低下した心不全症例においてなんです.

「え,じゃあ,心機能が保たれている心不全はどうしたらいいの?」

 

まずは,本邦の日本循環器学会「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」の推奨をみていきましょう.

1.HFrEF(EF40%未満の心不全)へのβ遮断薬

明確に心収縮能が低下している場合です.

・有症候性HFrEFに予後改善のために用いるべき.(classⅠA)
・無症候のHFrEFに対するβ遮断薬のエビデンスもある.(classⅡaB)
・HFrEF+頻脈性心房細動のRate control(classⅡa)

これは納得の推奨ですね.

無症候ではclassⅠではなくclassⅡaですが,実臨床ではもっと積極的に導入している印象です.

なんてったって予後を改善するんですから.

2.HFpEF(EF50%以上の心不全)

心収縮能が保たれている場合ですが,β遮断薬の特別な推奨コメントはありません

というか,HFpEFに明確に推奨となる薬剤はありません

ガイドラインでは,基本的には(「うっ血したら利尿薬」のような)症状軽減の対応をするようにいっているのみで,「HFpEFだから”これ”を使うべき」などという推奨はないんです.

これまでHFpEFに対する薬物療法として,死亡率や臨床イベント発生率の低下効果が前向き介入研究で明確に示されたものが,そもそもないんです.

J-DHF試験
本邦における大規模RCTです.
HFpEFに対するカルベジロールの有効性を検討し,その結果から,カルベジロール高用量(>7.5mg)内服群が,非内服群に比して予後を改善効果が示唆されました.
ただし,これはサブ解析の結果であり,現状は懐疑的な見られ方をしています.

このように,エビデンスレベルが微妙な報告ならいくつかあるので,日循のガイドラインでも「HFpEFにもβ遮断薬が有効な可能性はある」くらいのことは言っています.

そして,実臨床では,(懐疑的にはなりつつも)副作用などのデメリットがない範疇でHFpEFにもβ遮断薬(ないし,ACE阻害薬やMRA)が処方されることは少なくありません.

ただし,あくまでも質のいいエビデンスは存在しないことをしっかり理解して,有害事象があるなら潔く投与はやめるべきでしょう

【エビデンスがないはずなのに,β遮断薬やACE阻害薬/ARBがHFpEFに投与されている状況をよく見かける理由】
この背景には,ACCF/AHAのガイドラインの推奨も影響しているかもしれません.
同ガイドラインでは,HFpEF患者の”高血圧治療”には,ACE阻害薬/ARB,β遮断薬を使用することがclassⅡaで推奨されています.
あくまで,「高血圧ありき」であることに注意.
まぁ,エビデンスレベルが”C”なんで,頭の片隅にあれば充分かな,と思います...


■まとめ

β遮断薬は,エビデンスに基づき,心不全の標準治療薬となりました.

β遮断薬が心不全症例に有効とされる機序はさまざまありますが,
心筋リモデリングを抑制し,
・β受容体の反応を回復させ,
・左室機能の改善も期待できる
ということが大事です.

 

ただし,注意すべきこととして

β遮断薬は心不全ならなんでもかんでも使用すればいい,というわけではなく

強い推奨を得ているのはHFrEF(EF<40%)です.

これは,β遮断薬の予後改善効果を示したstudyの対象が,HFrEFだからです.

逆に言えば,HFrEFに対するβ遮断薬の推奨は世界的に高いものなので,積極的に使用しましょう.

 

一方,心機能が保たれているHFpEFに対しては,β遮断薬の明確な推奨はありません

ガイドラインでも,「有効な可能性はあるので,使用を検討しても良い」とやんわり言及していたり,「高血圧合併HFpEFには(ACE阻害薬/ARBや)β遮断薬を使用してもいいんじゃない?」というような条件付きの推奨があるくらいです.

副作用の少ない薬剤ではないので,この点には注意しましょう.

たいした推奨のない状況で,(勘違いして)頑固に使用し続けることは,患者さんに不利益を生みかねませんからね🙄

 

今回の話は以上です.

本日もお疲れ様でした.

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