【疑問を解消】糖尿病をなぜ治療するのか【エビデンス解説】
※2021/6/16,こちら☟のページに改訂・改良した記事を掲載しました.
以下は,改訂前の過去記事です.
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糖尿病患者さんはしばしば言います.
「なんも症状ないんだから,(高血糖でも)平気平気」
しかし,我々医療者は,高血糖を放ってはおきません.
それはなぜでしょうか?
糖尿病を治療する理由を知っていますか?
「知ってるよ?合併症を予防するためでしょ?」
半分正解ですが,その解釈だとやや怪しいです.
私も,数年前にSGLT2阻害薬の勉強をするまで,ずっと知ったかぶりしてました.
糖尿病治療をスムーズに,的確に,根拠をもって行っていきたいと日々考えている,循環器内科医の私が,解説します.
専門じゃなくても,よく関わるんだから知っておかないと!
結論:絶対に減るのは細小血管合併症.大血管障害や全死亡は減るとは限らない
細小血管合併症,すなわち3大合併症(腎,眼,神経)は厳格な血糖管理で減ります.
でも,知っていましたか?
大血管合併症,特に心血管合併症や,全死亡は,血糖を厳格にコントロールしても,減るとは限らないんです.
この事実は非常に残念なことです.
なぜなら,寿命を左右するのは,細小血管合併症より大血管合併症だからです.
起源:UK Prospective Diabetes Study(UKPDS)
2型糖尿病治療のエビデンスは,ここから始まっています.
今では当たり前になっている2型糖尿病治療ですが,UKPDSが計画された当時(1977年),2型糖尿病において厳格な血糖コントロールが合併症を抑制するかどうかはわかっていませんでした.
仮に40年前にタイムスリップしたら「2型糖尿病を積極的に治療しようとしている人は誰もいない」って考えると,とんでもないことです.
UKPDSは,新規発症の2型糖尿病患者を対象に,スルホニル尿素薬(SU薬)とインスリンを中心とした強化療法群と,食事療法を中心とした従来治療群に割りつけ比較しました.
その結果,強化療法群で,細小血管障害については25 %抑制されることがわかりました.
しかし,心血管合併症,脳血管障害,全死亡には有意差がつきませんでした.
ひいき目に見ても,死亡や大血管合併症については,厳格な血糖コントロールは,効果がないか,あってもその効果はあまり大きくない,と言える結果でした.
逆転:レガシーエフェクト(遺産効果)
しかし,その後のUKPDS80で逆転が起きます.
試験終了時点では明らかな差がみられなかった心血管合併症,全死亡について,試験終了10年後の長期フォローの結果になって,有意な抑制を効果を示した,という,スポコン漫画もビックリのまさかの大逆転です.
つまり
糖尿病初期10年間に厳格な血糖コントロールを行った効果が,total20 年が経過した時点でようやく現われてくる
ということであり,時間さえかければ大血管合併症も抑制できることがわかりました.
この効果を,レガシーエフェクト(遺産効果)もしくはメタボリックメモリー(代謝上の記憶)と呼びます.
このことから,臨床医の血糖治療に対する意識が高まっていきました.
事件発生➀:パラダイムシフト「血糖は低ければいいというものではない」
しかし,2008年に報告されたACCORD 試験において,事件が起きます.
多剤併用強化療法群(平均HbA1c6.4%)が,従来治療法群(平均HbA1c が 7.5%)に比して,心血管イベントを抑制できなかったばかりか,死亡が増加するという,とんでもない結果になった.
同時期に報告されたADVANCE 試験や VADT 試験の結果も,(死亡は増えませんでしたが)大血管合併症の抑制効果は確認できませんでした.
直接的な因果関係は不明ですが,強化療法によって重篤な低血糖が増加することが,大血管合併症の抑制効果を相殺したのではないか,と考えられています.
事件発生➁:レガシーエフェクトは幻?
先ほども言及したVADT試験の長期フォローの結果,10年フォロー時点で認めていたレガシーエフェクトが,15年時点で認められなくなったことが発表されました.
これは,レガシーエフェクトを信じて,糖尿病治療を続けてきた臨床医の心をへし折る,センセーショナルな報告となりました.
さらにACCORDやADVANCEのフォローアップでも,レガシーエフェクトは確認されず,レガシーエフェクトとはいったい何だったのか...
考察:負の遺産とトータルマネジメントの重要性
レガシーエフェクトが確認されたUKPDSと,レガシーエフェクトが確認されなかったVADT,ACCORD,ADVANCEの違いは大きく分けて2点あり,それがレガシーエフェクトの有無にかかわったのでは,と考えられている.
仮説➀:負の遺産説
UKPDSに組み入れられた糖尿病患者が発症早期であり,VADT,ACCORD,ADVANCEでは長期罹病者であったため,治療介入するのが遅過ぎた可能性がありました.
言うなれば,遺産は遺産でも,"負の遺産"である.
ただ,これだけ聞くと,「治療開始が遅れた場合,糖尿病は治療しなくてもいいのか?」となってしまいますが,VADTでは10年後まではレガシーエフェクトがあったわけであり,この結果だけを鵜呑みにして匙を投げることはしない方がいいです.
仮説➁:トータルマネジメントが良くなった説
UKPDSが行われた当時.血圧,脂質に対する管理が極めて甘かったため,心血管イベントなどの発症が今より多く,血糖治療への介入効果がはっきりと出やすかったようです.
逆に言うと,VADT時代には,RAS阻害薬やスタチンによる,高血圧・脂質異常症治療がしっかりなされるようになってきたため,そもそも心血管イベントが起きにくくなっており,血糖治療への介入効果が(実際にはあっても)わかりづらくなった可能性があった.
まぁ..とはいうものの,この説は,言い訳がましいですかね?(個人的意見)
☟RAS阻害薬であるACE阻害薬/ARBの心血管保護効果について
まとめ
血糖を下げる意義は
➀細小血管合併症が減ることは間違いなし.
➁全死亡や大血管合併症に関しては効果不明.
➂発症早期に介入することで,大血管合併症や全死亡も抑制できる可能性がある.
高血圧,脂質異常症など他の動脈硬化因子とともに,動脈硬化治療はこれからもデータの蓄積を見守っていく必要がありますね.
☟こういう歴史だから,心血管イベントの抑制効果が確認されてSGLT2阻害薬は騒がれているわけです.
また,治療目標血糖に関しては
低血糖を起こすと,むしろ,合併症予防効果を打ち消してしまったり,全死亡を増やす可能性もあるので,低血糖を避けるような血糖管理を心掛けましょう.
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