【エビデンスや適応を再確認】ACE阻害薬を心不全に使用する理由【ARBやARNiとの違い】
ACE阻害薬といえば,心不全治療薬です.
降圧薬にも分類されていますが,その真価は血圧を下げることではなく,心臓や腎臓に対する臓器保護作用にあります.
昨今,アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬ARNiが心不全治療の新薬として話題に上がることが多いですが,ARNiのすごいところは「ACE阻害薬に勝ったこと」なんです.
(≫ARNiの解説記事はこちら)
前提として,いかにACE阻害薬が心不全治療の大御所であったか.
新薬の話しばかりだと疲れるますよね.
今回は,そもそもの基本の薬剤,ACE阻害薬に関する知識,確認しておきましょう.
なぜ,ACE阻害薬を心不全に使用するのか.
■ACE阻害薬は心不全の予後を改善するから使用する
ACE阻害薬は心不全症例の予後を改善します.
だから,ACE阻害薬は使用されています.
長生きできる,ってパワーワードですよね.
※厳密には,HFrEF限定のエビデンスです(詳細後述).
そもそも,ACE阻害薬とはどういう薬剤でしょうか.機序から考えます.
➀ACE阻害薬の作用機序
ACE阻害薬の作用は大きく分けて2つ.
1つは,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系の抑制.
もう1つは,カリクレイン-キニン系の活性化.
詳細な作用の説明は省きますが,RAA系は,基本的には循環血漿量や血圧を保とうとする昇圧系であり,心臓に対しては負荷を上げます.
一方で,カリクレイン-キニン系は,プロスタサイクリンや一酸化窒素(NO)を介した血管拡張作用や血管内皮保護作用があり,動脈硬化や心臓リモデリングを抑制する効果があります.
ゆえに,ACE阻害薬は,RAA系の抑制とカリクレイン-キニン系の活性化という2方面から心保護的にアプローチすることで,心不全や虚血性心疾患に対するエビデンスを確立できているんでしょうね.
※ACE阻害薬特有の副作用や禁忌(空咳,血管浮腫など)は,カリンクレイン-キニン系の産物であるブラジキニンに関連したものです.
(≫ACE阻害薬/ARBの禁忌のまとめ記事はこちら)
➁ACE阻害薬のエビデンス
次に,ACE阻害薬の代表的なエビデンスを確認します.
【CONSENSUS試験】(N Engl J Med. 1987 Jun 4;316(23):1429-35. )
HFrEFの重症心不全に対するエナラプリル(ACE阻害薬)投与開始後の死亡率を検証.
対象:EF≦35%,NYHAⅣ ⇒253人
結果:
半年後死亡率40%死亡低下
1年後死亡率31%低下
発表されたのは1987年ということで,30年以上前の報告ですが,数字の大きさハンパないですね.
明らかな予後改善効果を証明し,HFrEFに対するACE阻害薬の効果を世界で初めて報告した大規模臨床試験になりました.
【SOLVD Treatment Trial】(N Engl J Med. 1991 Aug 1;325(5):293-302.)
HFrEFに対するエナラプリル(ACE阻害薬)の予後改善効果を検証.
対象:EF≦35%,約90%がNYHAⅡ-Ⅲ度 ⇒2569人
結果:
全死亡16%低下,心血管リスク18%低下
その他,心不全入院の抑制効果も確認された
CONSENSUS試験はNYHAⅣのみを対象としたが,SOLVD Treatment Trialは主にNYHAⅡ-ⅢのHFrEFへのエナラプリル(ACE阻害薬)の効果の検証です.
対象患者数は(CONSENSUS試験の10倍の)2000人越えでしたが,CONSENSUS試験同様,死亡率低下効果や心血管リスクの低減効果を確認しました.
SOLVD Treatment Trialで,心不全治療におけるACE阻害薬の有効性は(重症度によらず)確固たるものとなりました.
【SOLVD Prevention Trial】(N Engl J Med. 1992 Sep 3;327(10):685-91. )
有症候性の心不全既往がない心機能障害に対するエナラプリル(ACE阻害薬)の予後改善効果を検証.
対象:EF≦35%,心不全治療歴無し ⇒4228人
結果:
全死亡8%低下,心血管リスク12%低下(いずれも統計学的な有意差はつかず)
心不全発症(37%低下),心不全入院(36%低下)は有意に低減
SOLVD Treatment Trialは,症状を発症した心不全(心機能障害)に対してのACE阻害薬の効果を証明しましたが,SOLVD Prevention Trialは無症候性の心機能障害(心不全ステージでいうところのステージB)に対しても,ACE阻害薬が有効であることを示しました.
心不全発症(ないし入院)を未然に防ぐ予防としてのエビデンスです.
➂心不全に対するACE阻害薬の推奨
こんなにエビデンスのあるACE阻害薬ですが,心不全のガイドラインではどのような推奨となっているのでしょうか?
日本循環器学会「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」を参照します.
■HFrEF(EF<40%の心不全)へのACE阻害薬の推奨
無症候性だろうと,禁忌がなければ,全てのHFrEFに用いられるべき.(classⅠA)
上述のエビデンス通り,安定のclassⅠAです.
EF<40%ならとりあえずACE阻害薬なんです.
(ちなみに,HFpEF(EF≧50%)やHFmrEF(40%≦EF<50%)に対する推奨の記載はありません.)
次に,心不全ステージ別の推奨を,同じくらい重要な心不全治療薬であるβ遮断薬と比較して説明します.
■心不全ステージ別にみたACE阻害薬とβ遮断薬の推奨
➤ステージA(危険因子はあるが,心機能の障害がない)
まずは,ACE阻害薬(忍容性なければARB)がclassⅠAで推奨.
β遮断薬の推奨は低い.
➤ステージB(心機能障害はあるが,無症候)
まずは,ACE阻害薬(忍容性なければARB)がclassⅠA.
無症候性心不全に対するβ遮断薬はclassⅡaB.
心筋梗塞後の収縮不全ではβ遮断薬も積極的に検討.
➤ステージC(有症候性心不全)
ACE阻害薬(or ARB)とβ遮断薬の両方の使用が推奨.
このように,(時と場合にもよりますが)基本的にβ遮断薬より優先される推奨であり,ACE阻害薬こそが心不全治療薬の第一線です.
■ARBではダメなのか:心疾患においてはACE阻害薬の勝ち
心不全治療におけるACE阻害薬の有効性や推奨は,ひととおり説明しました.
いい薬です.
しかし,欧米に比して,本邦においては(ACE阻害薬ではなく)ARBの使用が多い傾向にあります.
しかし,結論からいうと,心疾患に対するエビデンスないし推奨は,ACE阻害薬がARBを上回ります.
なぜARBはこんなに使用されているのでしょうか?
「ACE阻害薬って,咳が出るから使いづらい💦」
「ARBは咳が出ないし,血圧も良く下がるから,ARBの方が使いやすい!」
こんな風に考えたことありますせんか?
私も研修医の時はこう考えてました.
「(ACE阻害薬とかめんどくさいから)全部最初っからARB使っておけばいいでしょ」
実際は,良くないです.とくに心疾患においては,ダメです.
➀ARBは「空咳のでないACE阻害薬」か?:全然違います
まずはこれを見てみてください.ARBとACE阻害薬の作用の比較です.
作用点は違いますが,ACE阻害薬とARBはいずれもRAA系を抑制します.
これが,ARBが「空咳のでないACE阻害薬」と考えられる理由です.
しかし,あえて図にしたからわかると思いますが,カリンクレイン-キニン系への作用の有無が大きな違いです.
カリンクレイン-キニン系の活性化は,ARBにないACE阻害薬特有の作用です.
ゆえに,考えなしにARBをACE阻害薬の代わりだと認識する行為は浅はかです.
「ACE阻害薬→ARB」という変更は,作用が減っちゃてるんだから.
➁エビデンスで考えれば,ARBではダメ(とくに心疾患)
降圧薬の勉強をすると,ACE阻害薬とARBは同列視されやすい薬剤です.
実際に,日本高血圧学会のガイドラインではいずれを優先して推奨するような記載はありません.対等になってます.
しかし,日本循環器学会のガイドラインでは,「ACE阻害薬が忍容性の点で使用できない場合にARBを用いるべき」としています.
この根底には,両薬剤のエビデンスの違いがあります.
心不全を合併していない心血管疾患高リスク症例のメタ解析(J Am Coll Cardiol. 2013 Jan 15;61(2):131-42.)では,ACE阻害薬が,心筋梗塞,脳卒中,全死亡,心不全新規発症,糖尿病新規発症を有意に抑制したのに対し,ARBは脳卒中,糖尿病新規発症のみしか抑制しませんでした.
また,BPLTTC試験(J Hypertens. 2007 May;25(5):951-8. )は,ACE阻害薬とARBのRCT28試験15万症例を対象にしたメタ解析ですが,降圧差が0mmHgでも,ACE阻害薬はARBより9%有意に冠動脈イベントを抑制しました.(降圧作用とは関係ないということ)
ARBの心疾患(特に冠動脈疾患)に対するエビデンス,弱いですよね.
提示した試験以外にも,ARBとACE阻害薬を比較した試験はいくつもありますが,心血管イベント予防において,ARBがACE阻害薬に"優越性"を証明できた試験はありません(良くて"非劣性").
だから,高血圧学会ではARBの扱いが"なんとなくACE阻害薬と同列"なのに対し,循環器学会では,明確にACE阻害薬が優先になってるんです.
つまり,少なくとも心疾患治療においては,ARBはACE阻害薬にエビデンスで劣る,と考えてください.
ちなみに,CKDに対する蛋白尿減少やGFR維持改善のエビデンスは,ACE阻害薬とARBで"同等"とされます.(DETAIL試験などより)
➂ARBの降圧効果が高い?:用量設定の問題が大きい
こういう風に感じている人,多いかと思います.
もちろん,薬剤の種類や用量によって降圧効果は異なりますが,「極量にしてもACE阻害薬は血圧が下がりにくい」と思いませんか?
実際どうなのか.
高齢者を対象に,ACE阻害薬,ARB,Ca拮抗薬であるアムロジピンの降圧効果を,後ろ向きに解析した試験(Clin Ther. 2002 Jun;24(6):930-41.)では,アムロジピンは他2剤に比べて,降圧効果と高血圧ステージ改善率が有意に高い,結果になりましたが,ACE阻害薬とARBに有意差はありませんでした.
ACE阻害薬とARBの降圧効果と安全性比較のためにおこなった61の臨床試験のシステマティックレビュー(Ann Intern Med. 2008 Jan 1;148(1):16-29.)では,血圧の検討がなされた47研究のうち,
・37研究で「ACE阻害薬とARBの降圧効果に有意差なし」
・2つの研究で「ACE阻害薬はARBに降圧効果で劣る」
・8つの研究で「ACE阻害薬はARBに降圧効果で勝る」
となっています.
ひいき目にみても,ACE阻害薬の降圧効果がARBは劣っているとは考えにくいですよね?
「おかしい... じゃあ,いつもの臨床で感じているACE阻害薬の血圧の下がりにくさは,気のせいだったのか...?」
違います.そこではないんです.
問題は,本邦における用量設定です.
欧米人に比して体格が小さいので,多少減量されるのはしょうがないと思うんですが,ACE阻害薬は減量されすぎじゃないですか?
これは,(日本人を含む)東アジア人では空咳の副作用頻度が高いことなどを懸念しての用量設定,と考えられています.
この空咳などの副作用は,そもそも本邦でACE阻害薬が敬遠される理由ですよね.
一方で,ARBのオルメサルタンなどは,欧米用量と同量を投与可能なため,「降圧効果が高い」と認識されやすいのだと考えられます.
よって,現実問題として,「ACE阻害薬を極量使用しているけど血圧が下がらない!」となった場合の,RAS阻害薬の調整方法は
➀海外最大用量に近いACE阻害薬の種類(イミダプリルやペリンドプリルなど)に変更
➁ARBに変更
➂空咳が許容されるのであれば,ACE阻害薬を海外用量使用してしまう(保険適用外用量)
の3パターンになると思います.
まとめると,エビデンスで劣るはずのARBが,ACE阻害薬に比して使用頻度が高い理由は
➤空咳などの(東アジア人に多い)副作用の懸念
➤本邦での極量の少なさに起因する,降圧効果の弱さ
が挙げられます.
逆にいえば,空咳などの副作用が許容できて,血圧のコントロールがついていれば,(特に心疾患において)ACE阻害薬でなくARBを選択する理由はない,と考えましょう.
ちなみに,欧米ではARBの薬価の高さも嫌われています.
ACE阻害薬の方が全然安いんです.
■ARNiは何が違うのか:ARNi-ACE阻害薬-ARBで比較してみよう
最後に,これらの話に絡めて,アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNi)を比較してみます.
ARNi作用には,(ACE阻害薬とARBの話で出てきた)RAA系とカリクレイン-キニン系以外に,ナトリウム利尿ペプチド系が関与してきます.
ARNi = ネプリライシン(NEP)阻害薬 + ARB
こんな感じですね.
(≫ARNiについでの詳しい解説はこちらの記事で.)
比較に並べてみると,ACE阻害薬とARBはこんな感じ☟
ARNiは,HFrEFに対するエビデンスでACE阻害薬に勝った,ということが注目されたきっかけです.
ゆえに,HFrEFに対するエビデンスは
ARNi ≧ ACE阻害薬 ≧ ARB
の順になります.
これらの薬剤を並行比較してみると,以下のような表になります.
➀降圧効果:ARBが最も調節つけやすい
ARNiは結構血圧が下がりますが,基本的に1種類しか存在せず,用量も(基本的には全症例400mg/日を目指すという)1doseです.
ゆえに,ARBの方が降圧効果の調節は効きます.
ただし,ナトリウム利尿ペプチド系に作用することから,ARBが効かなかった難治性の高血圧に,ARNiが有効な可能性はあります.
ACE阻害薬の降圧効果は,(上述した通り)本邦の用量ではあまり期待できません.
➁ARNiには利尿効果がある
ARNiには利尿効果があります.
これは,ACE阻害薬とARBにはない作用です.
利尿効果のもとは,ARNiに含まれるネプリライシン(NEP)阻害薬が,ナトリウム利尿ペプチドの不活化を抑制することにあります.
ゆえに,利尿作用としては心房性ナトリウム利尿ペプチド製剤のカルペリチド(ハンプ®)に類似します.
(≫カルペリチドの解説はこちらの記事.)
この点は,ARNiとACE阻害薬/ARBの使用感が大きく異なる部分になります.
➂空咳や血管浮腫はARNiでの報告は少ない
ARNiに含まれるNEP阻害薬は,(ナトリウム利尿ペプチドだけでなく)ブラジキニンの分解も抑制します.
すると,ACE阻害薬のような空咳や血管浮腫の副作用が気になるところですが,臨床試験などのデータをみると,ARNiでは空咳や血管浮腫の報告は特別多くありません.
NEP阻害薬単独では,カリクレイン-キニン系の活性作用は(ACE阻害薬に比して)強くない(?)のかもしれません.
■まとめ
ACE阻害薬は,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系の抑制 と カリクレイン-キニン系の活性化 という作用から臓器保護的に作用する薬剤です.
収縮能が障害された心不全(HFrEF)においては,重症度に関わらず予後改善エビデンスがあり,心血管リスクハイリスク症例では心不全発症の一次予防効果もあります.
ガイドラインの推奨をかみ砕けば,「EF<40%ならとりあえず(無症状であろうと)ACE阻害薬」となり,同じく心不全の標準治療薬とされるβ遮断薬以上に優先度が高くなっています.
ARBは,本邦では(忍容性や降圧効果の観点で)ACE阻害薬の代わりに用いられることが多いですが,ARBは作用的に(カリクレイン-キニン系の活性化作用がないため)ACE阻害薬の補完としては不十分.
そのためか,心疾患に対するARBのエビデンスはACE阻害薬に劣っており,基本的に心疾患症例では「ACE阻害薬が使用できない」場合以外はARBを選択しないようにしましょう.
そして,新薬のARNiの立ち位置はこんな感じ☟
HFrFへのエビデンスでACE阻害薬に勝ったことが印象的な薬剤.
ナトリウム利尿ペプチド系への作用がユニークで,利尿作用があります.
(ARNiに関して,これより細かい解説はこちらの記事.)
今回の話は以上です.
本日もお疲れ様でした!
【関連記事】
かなり古い記事ですが,ACE阻害薬とARBの違いにフォーカスしつつ,実際の薬剤選択などにも言及しています.
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