【血管拡張薬が心不全治療になる理由】循環動態の基礎➂【クリニカルシナリオ分類に対する私見あり】

第1回第2回と,「循環動態の基礎」というタイトルで,フランクスターリング曲線に絡めて循環動態を考察してきました.

今回は,後負荷,すなわち,血管抵抗に関しての解説と,それに関連してクリニカルシナリオ分類に対する私見です.

 

1.血管抵抗とは

血圧,いわゆる動脈圧は,心拍出量と体血管抵抗の積です.

動脈圧= 心拍出量 × 体血管抵抗

つまり,いくら心拍出が保たれていても血管抵抗がなければ血圧は低下してしまいます.

例えば,敗血症では,細菌のエンドトキシンなどによって起こる炎症カスケードの活性化が,サイトカインや一酸化窒素(NO)の多量産生を起こし,体血管が拡張(血管抵抗の低下)することで,敗血症性ショックとなります.

また,例えば,脊髄交感神経幹の損傷によって起こる神経原性ショックでは,血管交感神経緊張が喪失されることで,血圧が低下する.

このように,血管抵抗の喪失は致命的であり,血管抵抗はヒトが生きていくためには必要なものです.

 

2.心臓にとっての血管抵抗:後負荷

生きていくために必要な血管抵抗でしたが,心臓にとっては"後負荷"となってしまいます.

例によって,ゴムパチンコで考えましょう.

画像1

「空気抵抗」としましたが,もっとわかりやすくするなら,「強い向かい風」だとでも思ってください.

玉の飛距離は絶対に短くなりますよね?

 

これはいかなる前負荷のときでも,同様に心拍出が下がるということなので,フランクスターリング曲線は全体的に下に下がります.

画像2

第1回第2回と,見ていただいた方はお気づきかもしれませんが,これ,「収縮の低下」の項(第2回)の図の使いまわしです←

作るのがめんd... じゃなくて

フランクスターリング曲線に当てはめてしまえば血管抵抗上昇が心拍出に及ぼす効果は,心機能が低下することとなんら変わりがないんです.
(当然,起きている病態生理は全然違いますけどね.あくまでフランクスターリング曲線にあてはめたとき)

 

3.後負荷による心不全の破綻:CS1の心不全

「心機能が低下していることと同じくらい,後負荷の上昇が心拍出を低下させるとか,やばくない?心不全になっちゃうじゃん!」

なっちゃいます.

後負荷の上昇でも心不全は破綻します

クリニカルシナリオ(CS)分類って知ってますかね?

CS分類 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)

「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」より

ガイドラインによると

血圧を参考にした急性心不全の初期対応のための分類

だそうです.

「だそうです」としたのは,私,この分類を"急性心不全の初期対応のため"には使用したことがないので...

私的に

CS分類は,CS1の存在をアピールするために作られた

と思ってます.割とガチで.

CS1の心不全は,「収縮血圧>140 mmHg」の心不全,となっています.

動脈圧= 心拍出量 × 体血管抵抗

なので

「(心拍出が低下している)心不全で血圧が高い」≒「血管抵抗が高い」

です.

つまり,CS1の心不全は,後負荷の上昇による心不全(の可能性が高い)です.

後負荷の上昇による心不全 を Afterload mismatch(アフターロードミスマッチ)の心不全 と呼んだりもします.

CS1の心不全 ≒ 後負荷の上昇による心不全(Afterload mismatch)

"収縮期血圧>140 mmHg"が必ず"後負荷上昇"に該当するかは個々の症例にもよりますが,感覚的な参考値としては有用です.

 

4.なぜ「CS1の存在をアピールする」必要があるのか

結論から言います.

治療が違うから

です.

何と違うのか.


古典的な心不全は,「心拍出低下による体液貯留」という概念です.

この概念から,利尿薬,強心薬(補助循環),という治療を思い浮かべるのは簡単ですよね?

フランクスターリング曲線であれば,こう.☟

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では,後負荷の上昇による心不全(Afterload mismatch)の治療はどうなるでしょう?

答えは,血管拡張薬です.

血管抵抗を下げてあげればいいんですからね.

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心不全治療に用いる血管拡張薬は,硝酸薬,カルペリチドなどがありますが,これらの使い分けはまた別の機会にしますね.

この選択肢があるか,ないか,は大違いなんです.

体液量貯留も心機能低下もない心不全の症例に,利尿薬や強心薬を使用するのは,ナンセンスと言わざる負えません.

これが私が考える,クリニカルシナリオ(CS)分類の大事なところ「CS1の存在アピール」です.

後負荷の上昇による心不全(Afterload mismatch)
には
血管拡張薬を使おう!

 

5.CS2からCS5は気にしなくていいの?:個人的には気にしたことはありません

クリニカルシナリオ分類を使うな,ということではありませんが,「そこまで便利じゃないかな?」と思います.

まず,CS4の急性冠症候群.

これはもはや別の病態でしょう.じゃあ,「急性冠症候群の心不全で収縮期血圧>140 mmHgは,CS1ではないの?」という話.

 

次に,CS5の右心不全.

これは分類してもいいですけど,分類が便利とかそういう次元じゃなくて...治療難しいんですよね...

まあ,なくてもいい分類だと思ってます.(右心不全という概念は当然重要です)

 

そして,CS1~CS3.ガイドラインではこんな感じに治療指針と絡めています.(ここにすでにCS4とCS5がない時点で...w)

治療指針 CS分類  急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)

「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」より

 

簡単に言うと,こんな単純じゃないんですよね.

つまり,「心機能低下」「後負荷上昇」「前負荷過剰」が独立して存在すると思ったら,大間違いです.

例えば,「後負荷上昇」「前負荷過剰」

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これがうまいことCS2におさまれば,「血管拡張薬+利尿薬」になりますが,CS1だと「血管拡張薬±利尿薬」.(まだ"±利尿薬"ついているからいいですけど)

結局,CS1に分類しても治療指針は決定しません

体液量貯留(前負荷過剰)があるかどうかは,別途判断しなければならないんです

 

他には,収縮期血圧100 mmHgの心不全はCS2になり,治療指針は「血管拡張薬+利尿薬」ですが,血管拡張薬,本当に使用しますか?

まぁ,そういうことです.

 

よって,心不全の病態として「心機能低下」「後負荷上昇」「前負荷過剰」を意識させるためにクリニカルシナリオ分類は有用です.

特に,古典的な心不全の概念に含まれない,後負荷の上昇による心不全(Afterload mismatch)はCS1で強く意識付けできます.

ただし,病態自体が独立して存在するとは限らないので,CS分類を用いても治療指針はそう簡単に決められるものではありません.

ガイドラインの言う「血圧を参考にした急性心不全の初期対応のための分類」の「初期対応」は,おそらく同ガイドライン的には到着10分以内の対応のことですが

まぁ,焦らないでください

そんなんより,Primary surveyしっかりして,バイタルサイン安定を優先してください,10分くらい.

焦って(いい適応じゃないのに)利尿薬や血管拡張薬を使用したりCS1だからって(体液量貯留あるのに)利尿薬を延々と使用しない,なんてことがないように,クリニカルシナリオ分類の立ち位置をはっきりさせておくことが重要かな,と思います.

クリニカルシナリオ分類は,あくまで,病態の種類を意識付けする分類

と割り切りましょう.

 

まとめ

血管抵抗の意義,心臓にとっての血管抵抗,後負荷による心不全が存在すること,それに対するクリニカルシナリオ分類の考え方,などを今回は解説しました.

これでひとまず,フランクスターリング曲線に絡めた循環動態の基礎の話はいったんお休みにしようかな,と考えてます.(気が変わる可能性も十分あり)


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ちなみに,この記事が,記念すべき100日連続投稿の記事になりました.

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