轢過。野良猫。春の朝。

犬が死ぬその三日前に 「これは数日のうちに死ぬな」 と思った。理由は分からない。
犬が老衰のために微動だにもせず、ついに水も飲めなくなったからだろうか。あるいは子供のころからのつきあいがあるから、状態を機敏に察知することができたのだろうか。

動物の死を予見するのがわたしの無駄な才能なのかもしれない。あるいは動物を飼っていると誰でもそうなるのだろうか。
このまえ猫が死んだときもこの予見がわたしの頭に閃いて、それは見事に的中することになった。

積極的に猫をかわいがっていたのは自分ではないので、じつを言うと具体的な悲しさはそれほどないのだが、それでも漠然と胸に喪失感はあるような気がする。

このノートを書こうと思ったのは動物の死を言語化してみたくなったからである。
ウチの猫にはわるいが身近な動物の死は特殊なシチュエーションである。これからウチにペットが増えるとは思えないし、言語化することが弔いにもなるだろう。


そもそもの話──ウチが猫を飼いはじめたのは不幸な偶然に過ぎなかった。
わたしが子供のころ(中学生くらい)誕生日が来たので、家族でレストランに行くことになったのだが、そのとき父親が野良猫を弾いちゃったのである。このできごとで誕生日のおでかけは中止になり、家族の向かいさきは動物病院になった。

治療の御蔭で猫は無事に生還したが、もちろん猫に行きさきはない。野良なので当然である。だからウチの父親は猫を引きとることにしたわけだ。当時は自分の誕生日を潰されて、猫に対してヘンな感情をいだいたものだ。
しかし今に思うとそれでよかったのだと思う。それは猫を飼えたからではない。自分の父親が息子の誕生日よりも猫の命を優先できると知ったからである。
どれだけの人間が猫を轢いたとき、それを動物病院に連れていき、さらには家で飼おうとするだろうか。
とても自分にはできないことである。


ウチの猫の名前は様々である。当初はケンタだったような気がするが、最終的にはミャーコになった。家人が適当なので各々が勝手に読んでいた。

わたしの呼びかたは単に“ウチの猫”である。猫が死ぬまで一度も名前を呼んだことがない。それは別に猫がきらいだからではなくて、わたしが猫をペットではなく、一種の同居人(猫)だと認識していたからである。おそらく猫の側でもそのような感覚だったと思う。

野良だからだろう。警戒心が猫一番も強かった。当初は近くに行くだけで逃げられたものだ。家人の中では父親だけが警戒を免れていた。
しかし一緒に過ごしていればさすがに距離も近くなる。そうなるまでに二年も必要だったが、そのうち膝の上に乗るようになってきた。

はじめて乗られたときはおどろいたものである。いつも不細工でナマイキそうな顔で乗ってきたが、それでも撫でるくらいのことはしてやった。
寒いときに膝に乗るやつ、寒いときに乗ってくるやつ。わたしと猫の関係は最後までこの程度のものだった。


野良の期間があるので正確な年齢は分からないが、それにしても随分と長いことウチにいたものだと思う。あまりにも寿命が長いのでこのごろは“こいつは猫の妖怪なのではなかろうか”と考えていたくらいである。それが先日ついに体調不良で病院に行ったのだから、猫生は分からないものである。

原因は内臓疾患だった。典型的な老猫の症状。つまりは寿命である。
医者は“回復はありえない”と言うようなことを父親に説明したらしい。
わたしはそれを聞いて“ついに来たか”と思った。しかし不思議と冒頭で書いた“これは数日のうちに死ぬな”と言うような感覚はなかった。

退院してすこしのあいだは調子がわるそうだった。動かないし、飯も食べない。
しかし、さらに数日が経つと途端に動きまわるようになっていたのは閉口した。
動きまわる。飯も食べる。外に出かける。階段も平然と登る。わたしはついにウチの猫を妖怪と結論した。


それからさらに日が経って──数日前のことである。

家にはいると食卓の椅子に猫がいた。しかし、いつもの丸くなるような姿勢ではない。まるで死んだようにグッタリとしていた。
それを見たときはさすがに肝を潰した。わたしは一目でそれを死体だと思ったのである。それほど死のイメージをありありと連想させるような姿勢だった。

揺さぶってみるとかすかに鳴いた。生きてはいるようだった。それでも声に元気がなく、蚊の泣くような声だった。いつもの素人のヴァイオリンのような不愉快な声ではない。

その声を聞いたときについにわたしは“これは数日のうちに死ぬな”と思った。
そして数日後の朝に猫は死んだのである。
以上が“ウチの猫”の顛末である。


最初のほうでも書いたように悲しみなどの感情はそれほどない。感傷的になるには自分と猫の距離感があまりに大きすぎたのである。向こうのほうでもわたしが死んでも何も思うまい。

例えるなら──アパートの隣人のようなものだろうか。多少の挨拶などはするが別にしたしくするわけでもない。しかし気分が良いときはほがらかに会話したりはする。
それと同じである。気分が良いときは膝に乗るし、わたしも膝に乗せてやる。気分が良いときは撫でさせるし、わたしも撫でまわす。所詮はそれだけの関係。

それでもその関係がなくなったと思うと妙な感じがする。隣のアパートの住人が急に失踪したような気分だ。

考えてみるとわたしが“ウチの猫”を撫でることは二度とないのだ。膝に乗せることもないし、不愉快な鳴声を聞くこともない。きまぐれに鰹節をくれてやることもないし、スルメの取りあいで喧嘩になることもない。

これから家が静寂を増やすだろう。その静寂が家の様々なところに去来して、水が染みこむようにじわじわと広がってゆくのだと思うと、わたしはわずかにやるせないような気分になった。

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