当たり前と多様性
田圃の中で作業をしていると、自分達の立ち位置がしっかりとわかってくるようになる。
田圃の中に見て取れる「弱肉強食」。そこから見えてくる僕達の世界。
PARaDE3回目のゲストとして、お話しさせて頂きました。
「多様性から生まれる弱肉強食」
資本主義社会の渦の中に身を投じていくことが当たり前になっている今、これまで大切にされてきたことが失われてしまっているなと思っています。特に僕が感じているのは、職人的な思考や技術。
職人はお金の損得を考えずに、どれだけいいものをつくり出せるかに重点を絞って仕事をしています。それはまさに僕たちも実践していることで、生み出したものに対して価値を決めて、プロダクトを販売しています。
でも今の社会では、原材料など費用としてかかったものと買い手が求める金額から、売値を決めるのが一般化されている。その価格の決め方についてちゃんと考えてもらいたいのは、それを繰り返していくことによって、誰が一番大変な思いをしているのかということ。
僕は、一次産業に関わる、原料を生み出す側の人達が負のサイクルに巻き込まれてしまっていると思うんです。なので、今当たり前と考えられていることや一般化されている仕組みについて、見直していくべきタイミングがきているんじゃないかという考えを強く持っています。
――どんなことから、その気づきを得たのでしょうか?
僕は2002年から最高のどぶろくづくりを目指して、無農薬無肥料での米づくりをスタートしました。それらを続けてきた中で、この世の中の矛盾点に気づき始めたんです。
「このままじゃいけない」と感じる矛盾点をたくさん見せつけられると、それを変えたいと思うようになって。そのために僕は、自分の内側に入っていく必要性を考えるようになりました。
内側に入っていくというのは、自分の中で突き詰めたものをつくりあげていくという感覚です。ある種、自分との戦いを続けるイメージですね。自分の中に引きこもることを続けていると、自分のキャパがどんどん膨らんで、破裂するんです。その破裂したタイミングから、僕は徐々に「人に伝える」という外向きの思考に変化していきました。
やっぱり人に何かを伝えようとした時に、自分自身が何もやりきっていない状態で説明することはできないと思うんです。だけど今はそうでなくても、あたかもやりきったように見せて、ある意味で人をコントロールしようとする人が多い気がしていて。
僕はそういうタイプではないし、この遠野という土地に居続ける決意をしたときから、向き合う物事はきちんと深くまで掘り下げて、根を張るというのを意識し続けてきました。
やっぱり僕自身に魅力がないと、他人に共感してもらうことはできません。その人がどのくらいのことをやってきたのかということが、一番の説得力につながると思っています。
その突き詰めた状態、説得力を持った状況というのが「キャパが破裂した」感覚のこと。僕は2019年にその感覚を持って、そこから次の世代の教育や自分の言葉を発信していくことを考えるようになりました。
――先程のお話にあった、プロダクトの価格を決めるときの基準はすごく大切なことだと思います。「安いものがいい」とされている風潮をよしとするのではなく、いいものは高くて当たり前で、その金額になっている背景を考えることも重要です。
本当にそうなんです。これはチームメンバーに常に伝えていることなんですが、本来食材に優劣をつけてはいけないと思うんです。
例えば、牛肉や豚肉はかなり高値で販売されているのに、その飼料となっている麦やとうもろこしは安価で販売されていますよね。同じ食材で、牛や豚を育てるのに重要なものなのに、かなり値段が安く設定されている。それが生産者に与える影響はかなり大きいです。
みなさんにその意味を感じてほしいという考えから、僕の料理には高級食材を使っていません。それでも価格はきちんとした金額を設定しています。それは決してぼったくっているわけではなく、食材にきちんとした背景があって、料理に労力をかけているからなんですよね。料理や食材に関する価値基準は、ちゃんと伝えて変えていきたいことのひとつだなと思っています。
――価値基準が変化していくと、どんな社会になると思いますか?
いい意味での、弱肉強食の世界になると思います。
自然は元の状態に戻れば戻るほど、弱肉強食の世界になるんですよね。その世界を僕は、無農薬無肥料栽培を続けている田んぼを通して見ています。弱肉強食って、人間社会に例えると「食うか食われるか」のような悪い言葉に聞こえますよね?でも、決して、そんなことはないんです。強い動物はお腹が空いているから他の動物や昆虫を食べるのであって、必要以上に搾取しようとはしない。すごく適切なバランスを保っていて、みんな無理していない、いい環境だと思っています。本当は人間もその世界に、一種の動物として身を投じないといけないんですよ。
なぜかというと、僕たちは圧倒的な支配力を持って、動物や昆虫が生きている環境を必要以上に犯してしまっていますよね。車が通るための道路を整備したり、電気を使うためにたくさんのエネルギーを消費したり。僕はこれを使うなとは思っていなくて、使ったら使った分だけの還元をきちんとしたいと思っています。それは地球規模の話ではなく、自分の足元でできることでいいんです。それが僕の場合には、米づくりやどぶろくの醸造、料理という方法だったので、それらを通して自然環境に向き合うことを続けています。
――要太郎さんの言葉から、実践していることに対しての強い想いを感じます。
やっぱり重要なのは経験です。ものづくりって、本来そうだと思うんですよ。圧倒的な経験から生まれてくるものだからこそ、素晴らしいものができあがる。
これは勝手な持論なんですが、僕たち人間は基本幸せな環境下で育っているから、恵まれた経験しかしていないと思うんです。その環境下で育っている人たちがつくるもので、この世の中は溢れている。
それらとは違うものをつくりたいという思いから、僕は自分を追い込んでものづくりをしています。
追い込んでいくと、死にたくないから、振り絞る一滴みたいなものを発揮することができる。その一滴の中身がすごく濃い気がしていて。それを求めているんですよね。正直言うと、これまで仕事をしていて「楽しい」と思ったことはほとんどないです。苦しい。苦しいけど、その苦しさも和らげてくれるほどの包容力が僕が関わっている田んぼや微生物、そこから生まれるプロダクトにはあるんですよ。
――これからの展望を教えてください。
まずは、将来的に遠野以外の地域にお米の契約栽培農家とどぶろくの醸造所を増やし、全国に拠点を広げていきたいと思っています。
その第一弾として、来年は大阪に立ち上がる醸造場の、レシピからコンセプト設計までを手がける予定です。僕たちが現地の無農薬無肥料栽培をする農家の米を適切な価格で買い取り、そのお米の味をプロダクトに落とし込んでいく。そうした取り組みを全国に展開することで、無農薬無肥料栽培をする農家を増やし、より広い範囲での健全な土づくりを目指す「どこでもドア計画」を行っていきたいと考えています。
もうひとつは、次の世代に対して教えること、教えながらともに成長していくことというのは、やっていきたいと思っています。
今年7月に、岩手県盛岡市に新店舗をオープンしました。なぜ遠野ではなく、盛岡にお店を出したかというと、岩手の中で盛岡が地方都市であるからというのが理由です。
東京のような大都市と岩手のような地方。同じ岩手の中でも、盛岡のような地方都市と遠野のような「地方の中の地方」はそれぞれに役割があると思っています。今はざっくりとしか分けられていなかったり、地方が都市を目指していたりしますが、大都市と地方の明確化、地方都市と地方の中の地方の役割を明確化することで、都会と田舎どっちが良い悪いではない考え方を広げていく。
そうすると、僕が10年前に感じた、ひとつの違和感を解消することができるんじゃないかと思っています。その違和感は、東京で一緒に働くスタッフを探すために、面接をしていた時に感じたことです。10人くらいの希望者と面接をしたんですが、みんな決まって「都会と地方の橋渡しをするプレイヤーになりたい」と言うんですよ。でも、その当時から橋渡しをしている人はいっぱいいて。それよりも現場で動くプレイヤーが圧倒的に少ないんです。
僕がきちんとした仕組みやきっかけをつくることで、橋渡しをしようとする人ではなく、生産現場で動こうとする人を増やすことができると思っています。
それらを実現するために、僕たちが先頭を切って、ある意味、犠牲心に近いものを持ちながら取り組んでいく必要がある。
僕たちが生きている時代にすべてを成功させることは難しいと思うので、それは目指していません。まずは、できることをやり続けながら、その姿を見た次の世代が引き継いで引っ張っていってくれるような状況をつくれるといい。タイミング的にはもう遅いくらいですが、そのための土台をつくっていきたいですね。
Edit:Takumi Miyamoto & Yohei Sanjo
Text:Takumi Miyamoto
Photo:Gaku Tomikawa