「旅をする木」
10年前、僕が高校を卒業する折に父が贈ってくれた本がある。
星野道夫さんの「魔法のことば」。
星野道夫さんは父の好きな探検家・写真家であった。
本の一節の一部にこうある。
“毎日東京で暮らしていて、学校へ電車で揺られていく。そういう都会の暮らしの中で考えたとき、今僕が生きているこの瞬間にも、北海道ではヒグマがどこかで生きているということがすごく不思議に思えたんです。"
後に、ここを読んでもらいたくて贈ったと言われたその文章は、僕の心にも印象的だった。
こういった考え方を大局観というのかもしれない。
人は、この見方を持つことで困難や理不尽を乗り越えていける。
そんなことを父は、これから本物の大海に船出する19歳の僕に伝えておきたかったのかもしれない。
星野道夫さんが遺した本に
「旅をする木」というものがある。
父の本棚で
頭にこびりつくほど見たそのタイトル
「旅をする木」は10年後の僕に
「越境森林」という名を与えることになる。
縁のないことなど人生にはなくて
すべて、どんな些細な関わりでもそれを縁と呼ぶ。
すれ違っただけなのにどこか惹かれたあの人や、
ある時一言交わした程度の人と後に再会し生涯の友となることも。
"あの日"からここまでが繋がっていたように
"ここ"は必ずどこかへ繋がっていくのだろう。
そして十里木の森にいる僕と、
遠く北の森にいるヒグマは
時間と空間を越えて、どこかで繋がっているのかもしれない。
1996年、ヒグマとの事故で帰らぬ人となった星野道夫さんの壮大なことばは
まさに魔法のように今も僕の中に生き続けている。
2021.5.17
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