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『あかり。』第2部 S#79 無題・相米慎二監督の思い出譚

肌寒くなると、辛子色のシルクのステンカラーコートを羽織っていた。
スタイリストのKさんがあつらえたもので、触ると生地が素晴らしい。
たぶん中井貴一さん用に用意したものだと思うのだが定かではない。
それを監督が「お、これいいな」と奪ったのだった。

それを気に入ってよく着ていた。
ステンカラコートに下駄履きというのも妙だが、監督にはよく似合っていた。

辛子を(チューブだが)小皿に出していて、ふいにこんなことを思い出した。
まさに辛子色のコートだった。

ポケットから出てくるのは、藍色と白のショートピース。
それがコートの色味とよくあっていた。

先日、よくお世話になっていた制作会社の社長に用事があって電話したら、この春に引退されていた。
全く知らなかったので驚いたが、そういう時期なのだろう。

その会社ではグリコの仕事でも監督も僕もお世話になったし、映画(みたいなもの)まで撮らせてもらったので、僕は足を向けて寝られないのだけど、そんな重大なことまで知らずにぼんやり生きていたとは、これまた監督に叱られそうである。

最近、めっきり涼しくなった。ついこの前まで残暑はいつまで続くのだろうと噂していたのに、もう肌寒い。
ウインドブレーカーを羽織ったり、夜には早くもバブアーまで着てしまう。
あと二ヶ月もすれば、今年も終わりだ。

早い。
本当に早い。

愛犬ジャックが死んでから、もう二ヶ月半以上経った。
不思議なことに、二ヶ月半前に生きていたことが信じられない。
ものすごく長い間、不在だったような感じがする。

監督がいなくなって25年だ。
犬と比べてまた叱られそうだけど、不在というのは実に存在感がある。

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