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『あかり』#20 結婚式のメンバー・相米慎二監督の思い出譚

確か下北沢のスズナリで、ラサール石井さんが当時主催していた劇団の芝居があって、相米監督と僕は出かけることになった。まだラサールさんが演劇活動をメインにしていなかった頃のように思う。

芝居がはねて、打ち上げに呼ばれた。近所のみん亭(みんは王偏に民)の2階を借り切っていた。この店は下北沢では有名な町中華で安くて特に旨いわけでもないが、それでも人が集まる不思議な店である。僕も今でもたまに行く。変な中毒性があるお店なのだ。

大人数が、散々飲んで食べて、しゃべって、ラサールさんは監督が来てくれたことをすごく喜んで、機嫌が良かった。帰りがけ、監督が僕に耳打ちをした。

「村本くん、金、置いていけ」

「いくらですか?」

「いくらあるの?」

「えーと」僕は財布を確認する。「二万です」

監督はそれをポケットにねじ込み、ラサールさんのところにビール片手に行き、コップにビールを注いだ。それから「じゃあな。お疲れさん」と言って金をそっと渡した。恐縮するラサールさんに手をあげて「じゃあ、行くか」と僕に声をかけた。

その後、どこに行ったのか、行かなかったのか、記憶がないのだが、監督が芝居を見にいくのもお金がかかるものなんだなあと思ったことをよく覚えている。

そういえば、T社の制作部チーフIさんが結婚することになって、ベイエリアのクルーザーで披露宴があった。Iさんは、スピーチを相米監督に頼み、快く引き受けたのだが、当日はなかなかこなかった。

Iさんも心配していた。スピーチの代わりは用意していないし、ほかに名前的にふさわしい人もいない。

ようやく監督が来たのは時間ギリギリで、しかも下駄履きでヨレヨレだった。結婚式のメインの招待客にはどうかと思ういでたちだった。監督は入り口付近で僕を見つけると、小さく手招きした。

慌てて駆け寄ると「ご祝儀もう出した?」と言った。

「ええ、出しました」

「取り返してこいよ」

「え?」

言われた通りに、受付で謝って適当なことを言い、一旦出したご祝儀を引き取って戻ると「連名でいいだろう」とニヤリと笑った。

「え…連名ですか? あまり聞いたことがありませんが」

「まあ、いいことにしよう」

監督は僕によれた一万円札を渡した。それで仕方なくそれを祝儀袋に入れ直して、自分の名前の横に『相米慎二』と自分の名前より少し大きく書いた。そして、それを受付で出し直した。ずっとその様子を見ていた受付の社員女子が苦笑いをしていた。

はたしてスピーチは見事なもので、会場を沸かせ、Iさんを持ち上げ、落とし、また上げて、奥さんの親族も名監督のスピーチに喜んでいたのである。このあたり、人徳としか言いようがない。普通ならひんしゅくを買いそうなこともすべて笑えるようにしてしまう。

Iさんは、無事に披露宴を終えた。

Iさんは今も同じ人と暮らしているだろうか?聞いてみたいけど、聞いたことはない。何しろ彼は稀代の遊び人であるからだ。


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