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『あかり。』第2部 S#87 奢られ上手・相米慎二監督の思い出譚
監督は金払いもきれいだったが、それ以上に奢られ上手だった。
あれだけ見事に相手に気持ちよく払わせる人を見たことがない。
大抵、人はご馳走してくれた人に感謝というか、相手を立てるというか、そのような態度をするものだと思うが、監督は一切しない。
「ご馳走さん」「うまかったよな」くらいは言う。
しかし、真骨頂の思想は「金なんて持ってる奴が払えばいいんだ」と割と本気で言うところである。
それはなんというか、惚れ惚れするくらい見事な奢られっぷりなのである。
「監督、今夜は何が食いたいですか?」
払う方がお伺いを立てる。
「中華にするかあ」
などと監督が言う。
連れて行かれる店は名店である。美味い。
僕もずいぶん御相伴をさせてもらった。
それに払った方が「また行きましょう!」などと嬉々として言っているのだから、あれは芸の域に達していると思う。
さて、自分もいつか真似したいと思いつつ、時が過ぎた。
今夜、長く助監督をしてくれたH君と何本も作品で組んだカメラマンのO君が下北沢に来ることになった。
で、あらかじめ「俺は金はないから、H君がご馳走してくれるならいく」と釘を刺しておいた。
指定された店は、行ったことはないがいつか行ってみたいと思っていた焼き鳥屋で、メニューも見ないでいたら、色々世話を焼いて注文してくれた。
昔話や今のあれこれなど楽しいひとときを過ごして、払う段になったら二人が気持ちよく払ってくれた。
嬉しいものである。
監督ほど座持ちは良くないし、ためになる話もできない僕なのに、ありがたいことだ。
それにかつて後輩だった男が、立派な演出家になり気前よく払ってくれるのはとても頼もしい。
まだ慣れないが、これは癖になる感慨である。
監督の気持ちがほんの少しだけわかった──ような気がした夜だった。
二人は、僕らがCMの仕事(JACCS CARD 共演・松田龍平)で撮った田畑智子さんのデビュー作『お引越し』の4Kリマスターver.を35mm ver.との色の差を確認しに今週見にいくと言っていた。