『あかり。』 #12 四谷、荒木町界隈にて・相米慎二監督の思い出譚

なんで、四谷で荒木町だったんだろう? 

その前に、なにを食べたんだろう? 

監督は雑居ビルの細い階段を下駄を鳴らしてあがった。

続いてカメラマンのMさん、そして僕。

仕事終わりの深い時間だ。

狭いカウンターとテーブル席がふたつくらいの小さなバー。だけど、監督の行きつけというわけでもなさそうだ。行き当たりばったりだったのだろうか。

Mさんは大役を終えて安心したのか、ずいぶん酒を飲んだので、上機嫌である。といっても、いつもより少ししゃべるくらいであまり変わらない。とにかく酒に強いひとだ。

三人で楽しく飲んでいると、偶然居合わせた相米映画ファンの酔っ払いが話しかけてきた。それを適当に笑顔であしらう監督。

マニアというのはお客さんそのもだから、大切にしないといけないのだろう。彼は『台風クラブ』の、あるシーンにおける自分の解釈をとうとうと語っていた。

「まあ、見る人が勝手に解釈すればいいんじゃないですかね」と、監督は笑って誤魔化していた。

しばらくして、その客も引けて監督がトイレに立つと、Mさんがナプキン紙に包んだ小さなものを僕に渡した。

「監督から」

「なんですか?」

「お金じゃないかな」

「受け取れないですよ、そんなの」

「渡せって言われてるから」

「いや、でも」

押し問答していると、監督がトイレから出てきた。Mさんは僕のジーンズのポケットにそれをねじ込んだ。

どうしたらいいものか考えあぐね、とりあえずトイレに立った。

放尿しながら、ポケットを探る。用を足してから開くと10万円入っていた。

いくらなんでも多すぎる……。どうしたら失礼がないのか、僕にはわからなかった。席に戻ると、監督に取り急ぎお礼を言った。          中身を確認したのはバレてるだろう。監督は何度か小さく面倒くさそうにうなずいただけだった。

「いつもそうしてるんだから気にしなくていいのよ」

翌日、監督のマネージャーさんのT女史は、電話口でそう言った。

「受け取っておいて。ムラモトくんが頑張ってくれたって、相米さん言ってたから。もらっちゃっておいて」

なんだか褒められたようで嬉しかった。こういうのは直接言われるよりも嬉しいものである。

一応、会社員だったから、そのときのプロデューサーにも、どうしたものか報告してみると、なぜか不機嫌そうに凄み「もらっておけ」と一言だけ言った。

子どもが生まれたばかりだったので、僕はありがたく頂戴することにした。なにに使ったのか、どうしても思い出せない。


その後も、ときどき荒木町界隈にはよく連れ立って出かけた。

野菜鍋の『桃太郎』、あんこう鍋の『田丸』、穴子専門店の…ああ、名前を忘れてしまった。寿司屋、トンカツ屋、文壇バーのような高いバー、小さな珈琲専門店、あの細い路地に名店がいくつもあった。          路地裏を歩く監督は、荒木町の風情にとてもよく似合っていた。

細い路地から路地へ、迷うことなく旨いものがある店へと一直線だ。

その後も、様々な土地や場所で、僕は知らなかった<大人の食文化>の世界も教えてもらうことになる。酒は弱いからたいして飲めなかったが、幸い当時はそれなりに大食いだったので、毎食が楽しみだった。監督は旨いものには目がない…どころか、ものすごい執着があるひとだった。


精一杯、自分の持てる能力を監督に差し出すことが、とても嬉しく、やり甲斐を感じていた。

あれだけ一緒にいて、いったいなにを話していたのだろう。時々、不思議になる。

もうふた昔前なのに、まるで昨日のことのように思える。        「暑い時は鍋だな」などと監督が言いながら、ついこの前、一緒に森下でドジョウを食べた気がしてくるのだ。


なんだかんだと苦労して、難産だったが、CM2本は完成した。

最初のティザー広告がオンエアされると、クライアントの評判も世間の評判もそれなりによかった。

ターンテーブルで撮った中井貴一さんと藤谷美和子さんのCMの仕上げはヒヤヒヤしながらも楽しかった。編集で刻んでも、監督の演出が残るというか、滲み出るのがわかったからだ。

監督は<音>の仕上げに、ものすごくこだわりがある人だった。

CMに限らず、映像作品には音の層がある。

①セリフ ②効果音(SE)③音楽 ④ナレーション である。②の効果音はさらに何層もある。アクションにつける足音やタッチ音、状況音、架空の音、今回は車のエンジン音もあった。それらをいい具合にバランスよくまとめるのがダビング( MA)という作業なのだ。

相米映画を見ればすぐにわかるのだけど、監督の映画に鳴っている音はすごく独創的で複雑だ。画面に映っていない音も使ったりする。

どんなSEを持ってくるか効果マンの腕の見せ所でもあるし、それをまとめるミキサーの腕が試される。

監督はスタジオのソファに寝転んで、あれこれ指示を出す……のではなくて

「もっと遊んでみ」とか「立体的にしろよ」とか言って、競馬新聞をめくっている。

映像は二次元だから、音で奥行きや、見る人の想像力を刺激しようとしているのだろうか……僕は、そのやりとりの狭間で、こういうやり方もあるのだなあと感心していた。

僕たちが普段仕上げるものと、音の種類は変わらないし、スタッフも一緒なのに、仕上がりが変わってくるのだ。

結局、人、なんだと思う。

演出とは、人、だ。

誰が演出するかで、すべてが変わるんだ。僕はそれを目の当たりにしていて、すごく幸福だった。


そして、シリーズは続くことになり、引き続き僕は『相米番』になった。


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