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本社は丸ごとブルシットなのか?
2年前まで、スイスの本社で監査 (audit) の仕事をしていました。
仕事で世界中を旅行できる、旅好きにとってはたまらない職業でしたが、やってることのブルシットさにメンタルの危機を感じ、現在は香港で真っ当な商売をしています。
先々週、「今年、監査が香港に来る」という情報をキャッチしました。
つまり、私の前職の元同僚たちが、私を監査しに来るってことです。
アタシ、キミたちに恨まれるようなことしましたっけ?
もちろん、私がいるから来るというわけではなく、今年たまたま香港がターゲットにされただけの話ですが、奴らのことだから、香港のグルメを目当てに、目を輝かせて来るんだろう。
「来るな」とも言えまい。
監査情報を事前にキャッチできたのも、旧知の仲のおかげなんだし。
で、いつ来るの?と訊いたら、11月か 12月だな、と言われました。
なるほど。寒くて暗いヨーロッパから、ベストシーズンの香港に来るわけね。
「確信犯」って、英語でなんて言うのかな。
役目上、私は監査対応の責任者になってしまうわけで、監査で重大な欠陥でも発見されようものなら、「オマエがいながら何やってんだ?」と上の方から小言が降ってくること請け合い。
私は元監査人ですから、監査人の手の内は知悉しています。
でも、監査するのと、されるのとでは、だいぶ勝手が違います。
あぁ・・・私は 2年前までこんな嫌がられる仕事をしていたのか。
「因果応報」って、英語でなんて言うのかな。
因果応報 英語・・・
Causal retribution
はあ?
って、ググってる場合じゃない。
あと 2ヵ月しかないけど、監査人がつついてきそうなところから、一個ずつ潰していくか。
ネジを一本一本数えろと言う経理屋
まず私が手をつけたのは、固定資産管理です。
当社の資産は、製造委託先である中国企業(つまり他社)に設置されている機械・備品です。
私が監査人だったら、ここに最大のリスクがあると考えます。
1) 高額資産が、2) 他社の敷地内に置かれていて、3) その場所は中国。
三重苦ですね。「三重苦」って、英語で・・・もうええわ。
コロナのせいで、中国企業へは 18か月訪問できていません。
つまり、当社の資産である機械・備品が、今もその場所で実在していることを目で確かめていないのです。
これはマズいわな。いくらコロナが悪いとはいえ。
そこで、深圳にある Rep Office から契約社員を派遣して、機械・備品の実地棚卸をすることにしました。
(実地棚卸とは棚卸資産に対して行うものですが、ここでは固定資産・貯蔵品に対するそれだとお考えください)
SAP上で資産台帳 (asset register) を表示しました。
多すぎて、見る気がしません。
エクセルのスプレッドシートにエクスポートしました。
うわっ・・・300品目以上ある。
これ、全部カウントするの・・・?
ムリムリ(笑)
金額の大きいやつだけ見ればいいんだろ。
こういうときは、経理規程か(👈普段、目を通したことがない)
吐き気を催しながら長~い文書を読んだけど、どこにも答えがない。
そうか・・・当社は IFRS を採用してるから、ルールとかないんだ。
スイスの本社経理部にヴォルフガングという元同僚(つまり彼も元監査人)がいるので、直電して相談してみました。
状況を説明したうえで、ヴォルフガングから得たアドバイスは信じがたいものでした。
「全部カウントしなければならない」
待たんかいコラ。
私は、エクセルに落とした資産リストをスクリーンに映しました。
よく見ろ。
1台 10万ドル以上の機械を全部数えるべきなのはわかる。
でも、リストの下の方を見てみろ。
1個 74セントのネジが 2000個ってのもある。
これも数えろってか?
ヴォルフガング「数えるべきだ」
こいつに相談したのが間違いだった。
中国人の労働時間に悲鳴を上げる人権屋
次のリスク要因は・・・
コンプライアンスか。
私の大嫌いな分野ですが。
中国企業にコンプライアンスなんて観念はない、と監査人は考えるだろう。現に、私もそう考えているのだから。
そこで、自分が監査人だった頃の「虎の巻」を読み返してみました。
コンプライアンス監査のスコープは・・・
労働法遵守、安全衛生、環境対応、企業倫理。
あかん。めまいがしてきた。
こんな狙いで中国企業に立ち入り検査されたら、地獄を見るだけだ。
一晩考えて、最重要の中国企業である M社のキーパーソン(アイリーン)を味方に引き入れるしかない、と結論(👈なりふりかまってられない)
本社の監査が来ることをアイリーンに打ち明けて、聞き取り調査を依頼。
1週間でアイリーンは報告してきました。
仕事が速い。彼女もヤバさを理解しているらしい。
案の定、現状はボロボロだったわけですが。
かえって、胎がすわりました。
中国企業に倫理とかモラルとか言うてもしゃーない。
法令遵守に的を絞ろう。
最凶の法令違反は、従業員の労働時間だ、と考えました。
M社の工場作業員は、1日 11時間労働、週休 1日が正規の就業時間だということは私も知っています。所定労働時間だけで、週労 66時間。この時点で「黒」です。
アイリーンの極秘調査によれば、実労働時間は、週 80時間を超え、週休 1日すら守られておらず、最長の者は週 100時間を超えるとのこと。
黒さが増しとる。
限りなく黒に近い黒。いや違う。黒を超える黒。もう何色かわからんわ。
こういうときに、やっぱり本社の専門部署に相談しようとする私は、間違っているでしょうか。
私が相談したのは、本社サステイナビリティ部、Human Rightsチーム。
たぶん、私が最も嫌いな部署ですよ。
この部とは一度も関わることなく一生を終えたかった。
チームリーダーのアナに、背景だけ手短に説明して、協力会社の労働時間はどれくらいまで許容されますか?と訊きました。
アナ「一般的には週 40時間ですが、当社はヨーロッパ基準なので週 35時間です」
ははは。
訊くんじゃなかった。
そういう答えを求めてないのよ。
こっちは中国の話してんの。ヨーロッパの基準? ふざけないでよ。
アナ「その中国の工場の労働時間はどれくらいなのですか?」
私「えーっと・・・確認はしていないのですが、80時間くらいかと」
アナ「はい? 週?? 月の残業時間とかじゃなくて?」
私「1日 11時間労働で、週勤 7日らしいので」
アナ「何ですってーっ!!」
自分の仕事を守りたいんだね
知ってましたけどね。
本社の人間が役に立たないことぐらい。
現場を知らないし、現場を見ようともしないんだもの。
高いところからヘリコプタービューするのは得意なんだけど、地上に降りて詳細を見るのは苦手。
現実を直視せず、理想論や抽象論ばかり語ってる。
自分たちは頭が良いと思ってる。そういう連中こそ頭が悪い、と私は思いますけどね。
アイヴォリータワーに籠って、外に出ないんだから、仕方がないですよ。
私も本社勤務経験があるからわかります。
本社の人たちって、じつは不安なんです。
自分たちが細部に弱いことを自覚していて、それでも現場に指示を出したりアドバイスしなきゃいけない立場にあるもんだから、コワくてしょうがないのです。現場の人たちにバカにされることが。
そこまではわかってました。
でも、今回は新たな気づきがありました。
本社の人間って、バカなだけじゃないってこと。
彼らは、自分の職を守るのに必死なんだね。
「その仕事は要らない」って思われることが一番コワいんです。
経理部が「現場の判断に任せます」って言ったら、経理部なんか要らんやんって言われそうだから、思わず「ネジの一本まで数えろ」って言っちゃうんだね。そうやって、自分の存在感を誇示したいのかな。
人権チームのリーダーは、会社を守ってるフリして、じつは自分の職を守ってるんでしょ?
現場に強権的に振る舞うほうが、自分の存在価値が高まると思ってるのね。人権の番人たる自分を、神聖不可侵な地位に据えておきたいのかな。
かわいそうな人たち。
現場が求めていることは逆なのにね。週 35時間という原則を示しつつも、「中国のことですから、60時間くらいに抑えるのが妥当ですね」とか言ってくれると、さすがプロだな、相談してよかった、と思えるのに。
本社は不要、とまでは申しません。
でも、本社のブルシットジョブは牛の糞以下だ。
(牛たちよ、諸君らを愚弄するつもりはない。怒らないでくれたまえ)
現場は、本社社員の社内顧客みたいなものです。
顧客が本社社員を評価する仕組みがあってもいいんじゃないでしょうか。
諸君らの給料を生み出しているのは誰かということを・・・