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ジャニーズについて 50代が思うこと

ジャニー喜多川の性加害問題については、私の “co-noter” であるゆうさんが 2ヵ月以上前に書いていました。

大学の社会学ゼミで議論されただけに、一般的な論点に加えてなかなか深い考察がなされていたと思います。
とくに、日本人には普遍的な価値規範がない、という指摘には私も同感です。

この稿では、ゆうさんに「いまさらー?」と失笑されるのを承知のうえで、ゆうさんが触れていない論点を提示したいと思います。
昭和という時代を記憶している者の視点で。


私の小学生時代は、“たのきん” の全盛期でした。
『明星』という芸能雑誌があり、女子はトシちゃんとマッチ、男子は聖子と明菜、という時代のことです。

当時、ジャニーズのアイドルが ”社長” と 寝ている、といったゴシップは、小学生が放課後の教室で盛り上がる話題でした。
インターネットのない当時、どうして小学生がそんなことを知り得たのか。
おそらく、クラスのませた子が姉や兄などの身近な大人から聞いたりしたのだと思います。
たのきんが国民的アイドルの時代ですから、そのような話は口コミで一気に広がります。テレビもウェブも不要なのです。

そんな有様なので、1980年代にはすでに日本のほとんどの大人も子供もそれを知っていた、少なくとも聞いたことくらいはある、と断言できます。

光GENJI がデビューしたのは私が高校生の頃ですから、元フォーリーブスの北公次が『光GENJIへ~』と題した、ジャニー喜多川に関する暴露本を出すずっと前から、この話はほぼ公然としていたわけです。


ゴシップレベルではあるものの、誰もが知っている問題が放置されてきた。ジャニーズ事務所に忖度して報道してこなかったマスメディアや、まったく動かなかった公権力を批判する向きもありますが、私の見解は少し違います。

ジャーナリストも、警察・司直も、そして一般の人たちも、それを悪いことだと思っていなかったのです。
2023年の現在を生きる人は、そんなアホな、と思われるでしょうね。
でも、あの頃をリアルタイムで知る世代の方は、思い出してください。

男性が性犯罪の被害者になることを想定していましたか?
仮に被害があったとしても、男ならたいした問題じゃないだろ、とか思っていませんでしたか?
所詮、芸能界とはそういうところ、と納得していませんでしたか?
被害届がない=双方合意のもとでの行為=犯罪ではない、と考えていませんでしたか?

強姦が親告罪(告訴がなければ起訴できない)だった時代のことです。

当時の常識感覚を正当化する気はありません。
ただ、簡単に忘れないでほしいのです。
そういう時代があったことを。
私たちの倫理観はたった数十年で大きく変わったのだということを。

現在の常識感覚や倫理観だけで物事を判断するのは、危うくて脆いと思うのです。

ただ一つの正解などはありません。
当時の倫理観はひどかった、と反省するのもありでしょう。
現在の倫理観は行き過ぎている、と感じている人もいるでしょう。
さらに将来、もっとメンドクサイ世の中になることを憂慮する人もいるかもしれませんね。


私は、かなり言いにくい話をしています。
もうひとつの論点は、もっと言いにくいことです。

なぜ、ジャニーズのようなアイドルが日本の芸能をリードしているのでしょうか?
それは、エンタメやアートを鑑賞する能力が低いからだと思います。

ジャニーズのアイドルを応援しているのは、子供を含む女性たちでしょう。芸能を理解しない、鑑賞力の低い層です。
同じことが男性にも言えます。
秋元康プロデュース系の女子アイドルをサポートしているのは、子供を含む男性たちです。

私は、国民的タレントとして絶頂期にあった SMAP にすら 1ミリも興味のなかった人間なので、ジャニーズについて語る資格はないのかもしれません。
しかし、敢えて言います。
ジャニーズのアイドルの音楽にまったく魅力を感じない。
ジャニーズのタレントが主演する映画は観れたもんじゃない。
ジャニーズがレギュラーのバラエティ番組は全然面白くない。

(高校生時代の自分が工藤静香のファンだったことには目を瞑らせてください)

私のような人間がジャニーズのターゲットとかけ離れていることはもちろん承知しています。
ただ、音楽も映画もお笑いも、鑑賞力の高い人はジャニーズを選ばないと思うのです。
そして、ここが重要なポイントなのですが、国民の大半に鑑賞力がないのは日本にかぎったことではないと私は考えています。

問題の所在が見えてきたのではないでしょうか。
鑑賞力の高い 20% と、鑑賞力の低い 80% がいたら、コンテンツ制作者はどちらをターゲットしますか?
質の高いものを作りたいと考えるカルチャーにおいては、鑑賞力の高い 20% 向けのコンテンツを作ろうとするでしょう。
かたや、質を無視して売上や視聴率などの数字しか見ないカルチャーでは、鑑賞力の低い 80% をターゲットするのが合理的です。

つまり、ジャニーズや秋元康などプロデュース側の芸能に対する志が低いので、鑑賞力の低い層向けのコンテンツばかりになってしまった。その根底には、数字一辺倒で質を追求しなくなった日本芸能界のカルチャーがあるのだと思います。
音楽、映画、演芸、といった「芸能」をバカにしないでほしい。

なので、たとえジャニーズ問題が改善に向かったとしても、日本の芸能界が再生することはないでしょう。
誰が悪いという話ではありません。
鑑賞力が低いことは罪ではないし、数字をとるためにその層に向けた作品を量産することには目的合理性があります。
ただ、無念です。
無念ですが、日本の映画やドラマより、韓国の映画・ドラマのほうがはるかに面白いので、私は面白いほうを選ぶだけのことです。