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BA 機内にて

コロナ前、ヨーロッパを拠点に頻繁に出張していたころ、最も多く利用したエアラインはルフトハンザ、次に KLM だった。
私は、そのどちらも嫌いだ。
その理由は、スチュワーデス/スチュワート(以下、”CA” と呼ぶ)のガタイがデカいからである。
KLM の CA は背が高いし、ルフトハンザの CA はガタイだけでなく態度までデカい。
どちらの CA も、過分に重たい体で機内をドタドタ歩く。すると、その揺れが座席にまで伝わってきて、非常に不快なのだ。
眠れないし、まったくくつろげない。

私がエアラインになくしてほしいもの第一位は機内アナウンスで、第二位は機内サービスだ。なので、そもそも CA など不要くらいに思っている。
「空の旅をお楽しみください」的な態度には吐き気をもよおす。
私にとってフライトは、楽しむものではなく、「耐えるもの」なのだ。
ブロイラーよろしく窮屈な座席に押し込められて粗末なエサを与えられる、ひたすら不自由な時間をどう楽しめと言うのか。
ヒコーキを楽しむのはお子様だけでいい。


昨日、BA 008便(羽田発、LHR行き)に乗った。
BA のエコノミークラスの座席が特段狭いのかどうかは知らない。
搭乗して、自分の座席を見つけたとき絶望的な気分になった。
3人掛けシートの両端に、20代と思しきイギリス人の男と女が座っていた。
私の席はその真ん中であった。
そのイギリス人男女は二人とも、横幅が通常人の 2倍以上ある。

何の罰だ?と白目になりながらも、Excuse me と声をかけて、真ん中に座るしかない。
この男女は連れ合いのようだったので、「席を替わりましょうか?」と男のほうに声をかけたら、男は「いや、いい」と言った。
「席を替わりましょうか?」は「席を替わってくれ」という意味だったのだが、通じなかったらしい。

窓側に女。通路側に男。その間の席に私。
案の定、二人は私の頭越しに会話を始めた。
6分ほど耐えたところで、いまいちど「席替わる?」と男に言ってみたが、男は「いや、いい」と言う。

それにしても、この二人はこの横幅でどうやってこの狭い席に収まっているのか不思議だ。出れるのだろうか?と心配にもなる。
ある意味、お似合いのカップルではある。
無論、私の両サイドの肘掛けは完全に占拠されているし、むしろ堂々とハミ出ている。
女の 2本の脚は 1席に収まりきらないため、右脚は私のテリトリーに置かれている。
さらに、女も男もやたら落ち着きがなく動くので、私の眼前を腕が容赦なく飛び交う。スタン・ハンセンのウエスタンラリアットとハルク・ホーガンのアックスボンバーの共演か。
まさに、陸・海・空のすべてにおいて領域侵犯されている状態である。
いくら細身の私でも、両横綱と接触しないでいることは不可能だ。

二人は、のべつまくなし食べている。
最初に出てきたスナックを一気に頬張り、機内食を汚く食い散らかした後、羽田で買ったらしいセブンイレブンのポテトチップス、サンドウィッチ、ハンバーガーらしきものをリュックから出しては消費してゆく。

二人は、ダイエットコークをがぶ飲みしている。
この種の輩は本当にダイエットコークを飲むんだね。ネタだと思ってたよ。実際にお目にかかるのは初めてかもしれない。

窓側の女がトイレに行くようなジェスチャーをしたので、私は席を立って道を空けた。
なかなか戻ってこないな、と思っていたら、女は日清のカップヌードルをお湯入りでもらってきた。BA にこんなサービスがあるのか。JAL の差し金か。

巨体を維持するために常に食べていないと死んでしまうのだろうか。
あなたがたは絶滅をまぬがれたナウマン象ですか?

私はとっとと寝たいのだ。
ロシアの上空を飛べなくなってから、ヒースローまでは 15時間のフライトになっている。
映画も観たいが、この状況では絶望的だ。女がちょくちょくエサとダイエットコークをもらいに行くので、そのたびに席を立たされるのである。
寝るしかないのだが、寝ようとしても、女の腕や足が当たってきて「わたしはここにいるよ」とばかりに主張してくるおまえは青山テルマか?

食事と体型をコントロールできない者は、車両感覚もないらしい。こいつらは、いろんなものにぶつかりまくりながら生きているのだろうか。

ロンドンまで 15時間かかるようにしたウラジーミル・プーチンと、その時間を地獄化してくるイギリス人乗客と、どちらを呪えばいいのだろう。

ふと、女が観ている機内エンターテインメント画面をチラ見した。
それは、ハリウッドのセレブ女優たちが華やかに対談するバラエティ番組だった。
なぜだか、涙が出そうになった。