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別居10年。このままでいいという選択肢

「好きな人がいるんだよね」

久しぶりにオンラインで話したとき、彼女はボソッとそう言った。
驚くことではない。
私の記憶が確かなら、彼女はご主人と別居して 10年以上たつ。
ただ、少々意外ではあった。
基本的に仕事の話しかしない女性ひとだったから。

「いい話じゃないですか」
と言ってみた。
彼女のご主人は大学で教職をもつドイツ人で、ドイツとエジプトで都合 10年ほどの結婚生活ののち、ふたりは別れた。
現在、彼女は東京、ご主人はドイツのカールスルーエに住んでいる。
しかし、離婚の手続きはしていない。ドイツでの離婚手続きが異常に面倒くさいから放ってあるんだ、と言っていた。子供はいない。

「いい話でもないよ(苦笑)」
「ご主人のことがあるから?」
「まだ籍入れたままだからね」

彼女がご主人と正式に離婚しないのは、手続きが面倒だからというだけではない、と私は感じていた。
ただ、彼女の口からそれを聞いたことはなかった。

「どんな人なんですか?その、好きな人というのは」
「日本人だよ(笑)」
「会社の人?」
「いや、クライアント企業の人。いいお客さんでね」

彼女は外資系ハードウェアメーカーで法人向けの技術営業をしている。
管理職ポストを断ってトップセールスを走り続ける根っからの営業星人だ。
まさか彼女がお客さんとそういう仲になるとは・・・
仕事に私情を持ち込まない人である。だから、むしろ意外だと思った。

「ご主人とは連絡をとっているんですか?」
「たまーにね」
「離婚の話は、、、」
「もうしなくなった。このままでいいって、ダンナのほうが思ってるの」

当人同士にしかわからない機微みたいなものがあるのだろうな。
それ以上は訊くまいと思ったが、彼女のほうから話しだした。

「さびしいんだろね。もう 60過ぎて、今さらいい人見つける気もないみたいだし。全然社交的じゃないんだよね、私と違って。だから書類だけでもつながっていたいんだと思う。ときどき連絡もできるし」
「じゃあ・・・そのままでいいんじゃない」
「うん。ありがと」

問題は新しい彼のことか。
形式上のこととはいえ、ご主人との婚姻状態を解消しないまま、彼と次のステップに進むことは可能だろうか。

彼女は私の疑問を察したようだった。
「彼には全部話してるんだ」
「・・・・・彼はなんて?」
「気にしない、って言ってくれてるんだけどね。ただ、彼もバツイチでさ。彼のほうは正式に離婚しているのに、私は離婚しないってのは、フェアじゃないよね。そう思わない?」

フェアじゃない、か。
彼女らしい考え方だと思った。
気持ちよりも客観的合理性が先にくるのだ。
ダテに 10年もドイツ人と結婚していない。

彼女が「フェア」という言葉を使ったことで、私のなかである思いが生じた。
フェアかどうかなんて、誰が決めるのだ。
身内か?世間か?それとも弁護士か?
第三者の評価など気にしなくていい。

だいたい、ふたりだけの関係がフェア公平である必要があるのか?
これは、自立したひとりの大人と大人の問題だ。
親にだってとやかく言わせまい。
あなたの人生だ。あなたの好きなように生きればいいのだ。

「フェアじゃないと思うなら、心のなかで『ごめんね』って言いながら寄り添っていけばいいんですよ。そのほうがうまくいくものだと思います」