これがグローバル企業のえげつなさだ
当社はスイスに本社を置くグローバル企業である。
今その本社に激震が走っている。
先週 Global Talent Sourcing Strategy というタイトルのメールが人事担当役員から全社員宛てに送信された。
直訳すれば「グローバル人材調達戦略」である。
タイトルだけ見て、「くだらん」とメールを削除した社員もいたかもしれない。事の重大さがタイトルからはわかりにくいから。
そのメールはこんな文面で始まる。(勝手に和訳する)
ここまで読んだ本社社員らは、「なんだと!?」と慌てただろうか。
それとも、「新規採用の話か。私には関係ないな」と暢気に構えたか。
ただ、メールに添付されたファイルを開いたら「ヒトゴトではない(汗)」と思い知ったに違いない。
添付ファイルには、対象となる部門と、採用を行う拠点(国)が記載されていた。
一部を抜粋する。
マーケティング ⇒ スペイン
生産・調達 ⇒ ルーマニア
経理・財務 ⇒ ポーランド
IT ⇒ スペイン
広報・法務 ⇒ UK
人事 ⇒ ポーランド・スペイン
ほとんど全部門ではないか。
しかも、拠点となる国名がミョーに現実的なのである。
勘のいい社員は、思っただろう。
これ、事実上の本社移転じゃねーの?
当社はスイスから出て行く。今後は本社をスペインとポーランドに置くよ、と読めるのだ。
人材の採用をその国で行うということは、その国を新たな本社 (HQ) にするも同然である。
日本企業などと違い、人の入れ替わりが激しいグローバル企業では、3年もすればチームメンバーが新人だらけになっているのはよくあること。
つまり、現在スイスの本社にいる社員がスイスに残ったとしても、スペインで採用される新規社員の増とスイスの既存社員の減が同時進行し、スペインの拠点が本社になるのは時間の問題であろう。
さらにメールを読むと、こう書いてあった。
ずるいよ。
“Your choice” と言いながら、これではほぼ強制である。
スイスに残ってもいいですが、ロールは新拠点に移りますので居づらくなりますよ。それが嫌なら早く移転したほうがいいですよ。移住できないなら、辞めるしかないですね。
そうおっしゃっているわけだ。
どこにも書かれていないが、これはあからさまなコスト削減施策である。
スペインや東欧諸国の給与・物価水準は、スイスの半分以下なのだ。
なぜスペインやポーランドなのか?について、ご丁寧に選定理由が書かれてある。
「等々」の中に、最大の評価基準である給与・物価水準が含まれているんだろう。1) ~ 4) だけで選んだら、スイスがダントツのはずだから。
アジアでコンペしたら、給与・物価水準が評価されて日本が選ばれるのかもしれない。
さて、この当社の施策について、皆様はどう思われますか?
希望退職ならぬ “希望転勤” の募集です。
コスト削減のための本社移転(Exitスイス)にともない、自発的 (voluntary) に転勤するボランティア募集、というわけです。
スペインもポーランドも、スイスから飛行機で 1~2時間。
通勤は無理です。移住するしかありません。
東京の人が北海道か九州に引っ越すくらいの距離感でしょうか。
年齢やライフステージにもよるでしょうけど、家庭持ちの人がこの希望転勤に応募するとは思えませんね。
パートナーの仕事のこと。子供の学校のこと。それだけでなく、友人や同僚やサードプレイスでの人間関係を捨てて、知らない土地でゼロから生活を作りなおす? 無理無理。
前回の note記事でドラマ『北の国から』に触れました。
この話とつながってるな、と思いました。
あの物語の一貫したテーマは、親と子の距離です。
それは、親から巣立っていく子の精神的な距離だけでなく、北海道と東京(または富良野と札幌)という物理的な距離でもあります。
家族を離ればなれにする社会の構造というもの。
仕事のため。お金のため。そんなものに万人が振り回される経済の仕組みっていったいなんだろうね。
倉本聰は 40年以上前からそのことを訴えていたんですね。
当社は、コストという数字だけを見て、社員という人間を切り捨てようとしている。そして社員は、食うために、慣れ親しんだまちや人との別離を繰り返さなければならない。
今さらながら、現代社会の倒錯を感じずにはいられません。
仕事とか、キャリアとか、評価とか、成功とか。
そんなものに私は 20年以上も振り回された・・・
気づくのが遅かったよね。
今、私が若い人たちに教えたいことはひとつだけです。
会社のために人生を捧げてはいけない。
まぁ教えるまでもないでしょう。
今の若者世代はもうわかっているのだと思います。