「虚栄の黒船」を読みました

昭和から平成にかけての日本のアパレル業界で、時代の波をとらえて大きく成長した企業、大きく発展したものの勢いを失くした企業、没落した企業、そしてアパレル業界に従事した人々の生き様を小説にした黒木亮著「アパレル興亡」が再読して面白かったので、他に黒木氏の作品も読んでみたいと思い、調べてみるとエンロン事件を小説にした作品がありました。

それは黒木亮著「虚栄の黒船」です。

エンロン事件については、ニュースや雑誌の記事で何度か読んだことがあり、欲に狂ったエンロンのトップが強引に利益をひねり出すために損失を連結外の会社にとばし、不正会計によって隠した損失が何百億ドルにも積み上がり、2001年になって巨額の損失が一気に明るみに出て、世界で大騒ぎになったというのが私のエンロン事件に関しての印象です。

「虚栄の黒船」はテンポのいいエンタメ作品を見るようにエンロン事件の経過を追うことができるのではと期待して読みはじめ、その期待は外れることなく、次はどうなる、その次はと最後まで一文も飛ばすことなく読めました。

エンロンには優秀な社員が集結して有意義な事業に投資してる部分もありましたが、それ以上に不正と損失隠しに優秀な頭脳を消費したのは残念です。

不正会計を主導し、本来はありえなかった利益をもとに巨額の報酬を得たエンロンの役員が、司法によって裁かれたのは当然です。

「虚栄の黒船」にはエンロン事件に関係した実在する人物と黒木氏がフィクションで設定した人物とが登場しますが、強く印象に残るのはエンロンで長年CEOを努めたケネス・レイではなく、資産によるビジネスではなくトレーディングによるビジネスを、強引に社内の主流に押し込んだジェフリー・スキリングと、スキリングの忠実な部下でエンロンの資産と負債をSPE(特別目的組合)に飛ばす仕事を、とどまることなく実行したアンドリュー・ファウスタです。

ジェフリー・スキリングの青春時代はアメリカがベトナム戦争を戦っていたころで、スキリングの級友の多くが戦争で命を落とし、その暗い歳月が権威というものに対する徹底した不信感を植え付けたと紹介されてます。

権威に不信感を持ったキスリングはエンロンに入社して、エネルギー分野を牛耳っていた旧勢力に戦いを挑んでいくわけですが、エンロン社内では人事権を振りかざして社員を従わせる冷酷な幹部でした。

このあたり革命家が旧勢力に代わって権力を握ると、独裁者に変貌する事例に似てるかと思いました。

キスリングとファウスタによって押し進められたSPEを使ったビジネスは、2000年度に19億ドルの営業利益を計上しますが、その数字は架空のものでエンロンを破滅に導きます。

ケネス・レイは謙虚で、地域貢献に積極的に取り組む誠実な面があったようですが、キスリングとファウスタのビジネスの危険性を見抜けず、二人を引き上げたばかりか、やりたいようにさせたのは汚点であり、責任を問われても仕方ないですね。

エンロンが業績を伸ばした1990年代後半のアメリカにおいて、SPEに会社の資産と負債を移すのは珍しいことではありませんでしたが、エンロンの場合はつくったSPEが3500以上と桁が違いました。

そして一つのSPEが他のSPEに投資しているケースが多く、一つのSPEが倒れると、ドミノのように他のSPEの倒壊へとつながっていくという会話が小説内で出てきます。

エンロンのSPEがドミノのように倒れ、エンロンが隠していた巨額の損失が明るみに出て、優秀な人材をそろえた優良大企業と評価されていたエンロンが、またたく間に破綻したのが2001年後半の出来事です。

エンロンの財務諸表を見て不正がないかとエンロンを追い詰めるアナリスト、エンロンの評価が地に落ちる前に辞職したジェフリー・スキリング、ケネス・レイにSPEの危険性を告発した社員、隠していた巨額の損失を公表してから会社存続のために駆けずり回るケネス・レイ、エンロンの救済合併に同意したものの撤回したダイナジー、そしてエンロンの破産へと続く章は「虚栄の黒船」のクライマックスという感じで、アメリカの競争社会を勝ち抜いてきた人達のぶつかり合いを、側で見てるようにスリリングに読めました。

「虚栄の黒船」にはエンロンに振り回される日本人も登場します。

エンロン事件が日本にどんな影響を与えたか、あまりよくわかってませんでしたが、エンロンの日本進出が産業界にどんなインパクトを与えたか、エンロン破産が日本の金融市場にどんなショックを与えたか、「虚栄の黒船」を読んで知ることができました。

エンロン債を保有していた金融機関や大企業は多額の損失を蒙ることになり、特にエンロン債を組み入れていたMMFや投資信託は元本割れとなって数兆円規模の資金が流出し、日銀に緊急融資を頼むことも考えた大騒動になったと記述されてます。

エンロンは幕末に日本に来た黒船のようなインパクトをもたらしたが、その実態は見かけよりはるかに小さく、実態が暴かれると債権価格も急降下し、まさにエンロンは虚栄の黒船だったというわけですね。


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