『ある行旅死亡人の物語』を読みました
2020年4月に兵庫県尼崎市で3400万円遺して孤独死した女性が発見され、1年以上経ってもその女性の身元が判明していないと知った新聞記者が、女性の職場や親族の取材を始めて、女性の氏名と出身地を解明することに成功し、取材でわかったことを本にして出版したと知ったのは、今年になってからです。
たまたまネットの何かのニュースで、3400万円を遺して孤独死した女性を取材した『ある行旅死亡人の物語』という本があることを知り、いつか読みたいと思ってたら、土曜日に寄ったスーパーの本屋でその本を見かけ、これだと買いました。
読み始めると、女性が死亡した後に相続財産管理人となった弁護士、女性が住んでた部屋の大家さん、不動産業者など、著者が取材で見つけた人達が女性との思い出を語り、行旅死亡人というとらえどころが無かった女性のプロフィールがページをめくるたびに具現化していき、最後までほぼ一気に読めました。
『ある行旅死亡人の物語』を読んで感嘆したのは、警察や弁護士など公的文書に強い権限を持つ職業の人が調べてわからなかった行旅死亡人の素性を、戸籍謄本や住民票などの個人情報を開示請求できる権限を持たない人が、限られた方法を駆使して突き止めたということです。
新聞記者とは認知度が高い職業ですが、親族でもない他人の履歴を調べる方法には限りがあると『ある行旅死亡人の物語』でも語られてます。
警察は刑事訴訟法の手続きを使えば、さまざまな情報を取得できる。
それに対して新聞記者という職業では公的機関、金融機関、医療施設から人物の特定につながる情報を聞き出す権限はなく、「記者風情ができる範囲で調べ直していまさら何がわかるのかと、投げやりな気持ちになってくる」と本書の前半で、女性の取材を始める前の不安だった著者の気持ちを表現してます。
本書を出版した2名の記者はその不安を持ちながらも、できる範囲で調査を始め、ついに女性の姓名と出身地にまでたどり着きました。
女性の素性が明らかになった場面では、こういう方法で不明だった人物の素性を探りあてたのか、と心中で手をたたきました。
3400万円を遺して孤独死した女性のまわりでは、女性の素性以外にも謎があり、『ある行旅死亡人の物語』では全ての謎が解明されることはありませんでしたが、これは孤独死した女性をとりまく謎が多く、調査する範囲も広いということで、わからない謎をのこして本書が終わるのは仕方ないですね。
『ある行旅死亡人の物語』では、記者が調査する過程において、弁護士、不動産業者、町工場経営者、自営業、地方政治家、会社員、などさまざまな人々が登場し、それらの人々が語ってくれた話も、私には物語のように興味を惹かれます。
孤独死した女性、孤独死した女性を調査する記者、その女性の調査に協力する人、それらの人々の話が本の中で強力な渦を巻き、本を開くと読者は強力な渦に巻き込まれるように最後までページをめくってしまう、『ある行旅死亡人の物語』はそのような本だと感じました。
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