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余白にクラクション

車を走らせながら、ちらりとルームミラーに目をやる。
あ、後ろの車のお姉さん美人。

ひとりで車に乗っているとき、後ろの車に乗っている人が気になってちらりと見てしまうことがある。
電車に乗っていれば向かいに座っている人、駅前で待ち合わせをしていれば斜向かいの柱にもたれて立っている人を、ついちらりと見てしまう。


朝の通勤時間は、ドライバーも電車に揺られる人々も、みんなだるそうな顔をしている。

後ろの車の美人なお姉さんも例に漏れずだるそうな顔をしながら、右手に菓子パンを持っていた。いかにもそれが普通ですよという感じで。

片手にハンドル、片手に菓子パン。あのお姉さんにとっては、通勤と朝ごはんの同時進行が通常運転のようだ。

***

せわしない世の中、なにかと同時進行で詰め詰めのスケジュールを組みがちだ。

今日は帰ったらあれをやりながらこれをやって、明日はジムで走りながらこれを考えるか。あ、そういやあれ買わなきゃな。
今度の休みはここに行きたいな。次の休みはあそこに行きたいな…でもあれもやらなきゃ…。


詰め詰めのスケジュールは、いつか破綻する。

例えば風邪をひいたり、怪我をしたり、とてつもなく嫌なことがあって心が折れたり。毎日予定通りにエンジン全開で動けるとは限らない。
そんなイレギュラーを想定した余裕を組み込んでおくのも、立派なスケジュール管理の仕方だ。

楽しいことや面白いことに首を突っ込んでいると、どうしてもこの余裕を忘れがちだ。
詰め詰めの方が「なんか自分頑張ってる…!」感を得られるし、実際その方が楽しいと思うことも多い。

が、ほぼ確実に破綻する。


と、先日体調を崩して思った。楽しいこと・面白いことをやり続けるには、本当に健康第一だ。
何より「余裕のある人」ってカッコいいな、と思う(余裕ぶるのとはまた違うのだ)。

病気とか事故とかやらかしている場合ではない。だからちゃんと、体を休める余裕を意識しよう、と心に誓った。

***

赤信号で止まる。
またちらりとルームミラーに目をやる。
右手に菓子パン、左手もすいっと上がってきて、ショッキングピンクのスマホ。

いや両手決まっちゃってんじゃん。

いかにもそれが当然ですよという感じで、あたかもそこが自分の部屋であるかのように、両手を食欲と娯楽欲で満たしているようだ。

青信号。わたしのミラココアは気怠そうにアイドリングストップから帰ってきて、とろとろと発進する。

後ろの車は、やはりと言うべきか、なかなか発進しない。

アクセルを踏むにつれて開いていく車間距離。
だいぶ離れてから、ぴ、と軽くクラクションを鳴らされているのが聞こえて、ああやっぱり余裕がないとカッコ悪いよなあ、と思ってしまった。

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