BARの使い方
ディナーラッシュという映画に出てくるレストラン内のバーテンは教養豊かでどんな質問にもスマートに回答する。謎かけに近いアッパーなビジネスマンの質問、カウンターに10ドルが置かれる。一息の溜めの後、完璧な回答をこなし、さっとその10ドルを回収する。
カウンターに於いて座る人間のステイタスなどどうでも良くよく、ただその根本スペックをぶつけ合い会話を成立させ、小さなマウントを取り合う。会話上の小さな小さな勝負が行われる。さりげなく、そしてスマートに。
カウンター商売は知性と教養の塊でなければならない。スコッチというだけの注文に、何を注ぐか。良いバーテンは注文主のプロファイリングを瞬間的に行う。その為にボトルを並べ、店の価格帯をきっちりと提示している。アーリーやジムビームなんかがズラズラ並んでいるのなら1ショット500〜700円。10年以上のスコッチが並ぶなら1000円〜。その前提で価格帯のミドルクラスのスコッチを注ぐ。いきなりアイラなんか注がない。ノンピートも注がない。
一つの注文からやり取りは始まっている。フィデックすら知らないのなら、バーで本当に楽しむことが出来ない。シンプルに、スコッチを注文し、何を出してくるかから愉しむものだ。無知であるなら宣言する必要がある。俺はスコッチを知らない、でもスコッチが飲みたいと。だからこそ客は複数杯頼む義務がある、バーテンには3杯目までに美味いと思わせる物を注ぐ義務がある。
少しづつ会話が始まる。バーテンは相手が何のプロかを知る必要がある。何故ならお互いの恥をそこで精査する為だ。踏み込んではいけない領域にボーダーが出来れば会話にトラブルは起き得ない。ごくごく当たり前の話、例えば、上司や会社への不平不満。そんなものは掲示板で殴り書いてクソな慰めを媚びれば良い。
具体論に於いて解決法を求める事もナンセンスで、何故ならそれを行うのは当人であってカウンターサイドには何の責任も伴わないからだ。
良いバーテンは教養が深い。単に勉学的なものではなく、考え方。途轍もなく会話の経験を積んでいる。学が無かろうと、その経験を酒に添えて販売している。それをしないバーテンは寡黙だ。寡黙なバーテンは1.5流。1流のバーテンは必ず的確な考え方を持っていて、酒に添えてそれを提示してくれる。そして付け加えるなら、どんなトピックにもだ。
ジントニックでそのバーテンの資質が決まるなんてクソみたいな基準だ。それは大資本の居酒屋と比べてに過ぎない。オリジナルカクテルが美味しいも然り。バーはそんな場所ではない。あくまでやり取りをするのがカウンター。だからカウンター。装飾に過ぎない。
振り出しに戻るが、大抵洋画に出てくるバーテンは主役にはなり得ない。が、要所の必要な存在となっている。そしてそれを知り集う人々にリスペクトされている。最近の話にあてはめると、テンダーバーのベンアフレックを見ると良い。
ネクタイを締めて背筋を伸ばして、そんなものはどうでもいい。段ボールを運び小銭を数え、肘をついて咥えタバコであろうと、バーテンはリスペクトされるべき存在であるが故、長年店を守っていられる。
店が高いと思うなら、その店が高い訳ではなく、店の選定を間違えている。家でストロングでも飲んでいればいい。金を介した価値交換が支払い。5万払っても行きたい店というのが、本物の嗜好。
若い人には敷居が高い。若い人こそ得るのもが多い。経験とは時間軸にある程度比例する。歳を重ねたバーテンのいる何年も続く店を選べ。そしてケチる事なく金を払えば必ずそれに見合った対価を得る。
スナックのママに対してのバーテンのおっさん。
下心抜きで対峙できるカウンター。
良いバーには良いバーテン。まずはそこを見極めるのが店選び。きっと何度でも通いたくなる店は点在している。壁はその店のアイデンティティの塊。並ぶボトルは価格帯目安、重いドアはそれが重い程に入店者へのフィルターとなる。
入る人は支払額で店をレーティングできるのと同時に、居るバーテンは会話でサービスの取捨選択をする。そして自らの箱に許容すべきか拒絶すべきかを決めている。そのベクトルは様々だから故、無数の店が存在する。存在する以上、何らかの価値がある。
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