実質賃金を目標にする危うさ(前編)
争点化する実質賃金
「実質賃金の上昇」という論点が政治の舞台で頻繁に意識されるようになっています。先般の衆議院総選挙では自民党が政権公約において「あらゆる手段を講じて物価の上昇を上回る所得向上を実現する」と謳いました:
また、今や政府・与党の政策に影響を及ぼすに至っている国民新党が掲げた「手取りを増やす」は全政党の公約で最大の注目を集めたと言っても過言ではないでしょう:
厳密には「手取り」と実質賃金は同義ではありませんが、その後の議論を見る限り、ほぼ同じ意味と思っても良いのでしょう。
これまであらゆるシーンで使われてきた「デフレ脱却」という錦の御旗が物価高に喘ぐ現状と矛盾する中、「デフレ」に代わって「実質賃金の上昇」が政策目標として言及されやすくなっているのだと思います。
もっとも、実質賃金はそれを単体で議論しても意味は無く、理論的には労働生産性、労働分配率、交易条件に要因分解できることを押さえておく必要があります。「実質賃金の上昇」という抽象的な概念で言葉遊びを繰り返すのではなく、それを構成する各要因に分解した上で、患部と処方箋を特定する必要があります。今回は前編・後編にわけて「実質賃金の上昇」を政策目標とする風潮に対して、筆者なりの所感を提示したいと思います。
結論から言えば、筆者は実質賃金という概念自体が政策目標としてふわっとし過ぎており、適切な問題設定にはなりにくいと考えています。誰も反対しないがゆえに、そのまま目標化され、何も起きないで終わるという不安があります。以下、極力平易に解説を展開したいと思います。
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