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「弱い円の正体」と購買力平価(前編)

意外に巧く行っている日銀正常化
早いものでもう9月になりました。激動の8月を駆け抜けて見て感じることは、まず日銀の正常化は意外と巧くいっているという印象です。というのも、当初大変な混乱を経たものの、結果だけを見れば日経平均株価は暴落水前の水準に戻り、円安の修正はかなり進みました。あくまで株・為替の水準について「結果だけを見れば」、政府・日銀が望んだ通りの結果になっているようにも読めます。

もっとも、高いボラティリティは様々な市場参加者のポートフォリオに傷痕を残しますので、それ自体は望ましいことであったとは言えませんが、それとて全て日銀に帰責する話とも言えず、追加利上げの初手としては相応に良い着地を果たし、10月以降の追加利上げもまだまだ排除されないでしょう。

購買力平価の現在地
・・・という目先の話はさておき、今回は久しぶりに購買力平価(PPP)を取り上げてみたいと思います。過去のnoteでも繰り返し、円高・ドル安水準を示唆し続けるPPPの取り扱いについては論じてきました:

ドル/円相場は依然140円台にあるものの、日米金融政策の対照性、とりわけ米経済の失速懸念を念頭にして162円に迫った円安・ドル高相場は、今次局面という意味においては一旦のピークアウトを迎えたと言えそうです。

今後予想されるのは、例によってPPPからの実勢相場の乖離に着目し、PPPが示す円高水準へ引き戻されるとの議論が盛り上がる展開です。確かに、実勢相場はPPPからの乖離が著しくなっており、その時間帯もかなり長引いています。円高圧力の蓄積と読み替える向きもボチボチみられます:

しかし、PPPに向けて円高方向へ収斂するという理屈に関し、筆者は軽々に賛同できません。この辺りは過去の拙著やnoteでも述べましたが、筆者は「PPP対比で過剰な円安」をもってしても輸出数量が増えなくなった日本では、貿易収支黒字が蓄積しないため、実勢相場がPPPの示唆する円高方向へ収斂するメカニズムが働きにくい点を指摘してきました。国内における製造拠点を失い、輸出パワーを失った日本では、「PPP対比で過剰な円安」は放置されやすいという性質があります

こうした従前の議論に加え、今回はPPPを財・サービス別に試算した上で、バラッサ・サミュエルソン効果と呼ばれる理論的な解釈も踏まえ、なるべく分かりやすく解説を与えたいと思います。若干、中級編~上級編となりますが、日本経済を構造的に捉えた上で、円相場が弱体化している背景を考えるヒントになるとは思います。今後、日本でPPPを議論する際には、財とサービスを切り分けて算出した上で議論を展開しなければポイントレスでしょう。「弱い円の正体」を検討する上での重要な手がかりにもなりそうです。

やや長くなりそうなので、このテーマは前・後編にわけたいと思います。なお、PPPに関する議論は下記拙著でも展開しているところではありますが、今回の議論はこれらには収録されていない新しい議論となります:

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