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DJ_やめましたのギャンブル映画史講義(黒沢清監督『Cloud クラウド』編)
2024年10月2日にローソンユナイテッドシネマみなとみらいで観た黒沢清監督の『Cloud』は、低投資で仕入れた商品を売り捌いてハイリターンを狙う転売屋ゲームに興じているうちにそこそこの成功を収めつつある主人公の吉井、が運用する匿名アカウント「ラーテル」(哺乳類の中で一番強い動物から取った名前)の荒稼ぎぶりがたまたま“運に見放された”同業者その他のネット世界の住民の目についたことにより武装集団に追われる顛末を描く。という物語だけを取り出してみても、どこを見回しても世知辛い令和日本のサバイバル状況を反映しており、とりわけ「若者の貧困」にフォーカスしているといえる。
その序盤で菅田将暉が演じる吉井がクリーニング工場の仕事を辞めて「別の仕事にチャレンジ」してみたいと言いに来たことに対する管理職・滝本役の荒川良々の台詞で、「それはきっと、若さからくる射幸心ってやつじゃないかな。人より幸せになりたいと闇雲に願う欲望のことだ。まあ大抵、よせばいいのにわざわざ危ない賭けに出て、結局負けて、あっという間に破滅する。」と吉井の行動パターンを言い当てている忠告がその後の銃撃戦の場面で一発も当たらない銃弾の行方を思えばアイロニカルな伏線として機能していると言えなくもないわけだが、
佐野晶によるノベライズ版『Cloud クラウド』(宝島社文庫)で付け加えられた描写を引用すると、“吉井はまた恐怖を感じていた。まるで滝本は専業で転売の仕事をしようとしていることを知っているかのよう”な洞察力で「楽して儲けたいってことではじめた」結果、「全然、楽になんかなんねぇよ。儲かりもしない。でもやめられない。いつからこうなったんだろうな、俺たち」(その次の場面での吉井の先輩・村岡との会話より)と愚痴をこぼすに至る「ひとりでやるギャンブル」の顛末までが見透かされているわけである。
さらにele-kingの映画ムック『誰かと日本映画の話をしてみたい。』に載っている論考「信じるにたる、とはどういうことか?」の結論部分で佐々木敦も言っているけど、この映画のジャンルは紛うことなくギャンブル映画だった。
そこでは主人公の転売屋・吉井とそのアシスタント・佐野の関係について、“この映画で描かれた「信」が無意味で無理由で無根拠なのではなく、あらゆる「信」が本質的にはそうなのである。”と評されているのだが、
“勝ち負けとは無縁の無意味で無理由で無根拠な「信」”とはつまり、すべてのギャンブラー(パチンカー/スロッター)が行き着く「どれだけ緻密に期待値を計算して予測しようとしても実際に打ってみないと何が起きるかわからないので全ツッパ」の境地ではないか。
その日の収支で一喜一憂していた初心者の段階から、確率は試行回数無限大の領域で収束するという法則がわかってきて一定の経験値を超えると目先の損得とか勝ち負けがどうでもよくなってしまっているようにしか見えない行動に走るのがギャンブル依存症の本番なのです。たとえ修羅場を生き延びても“ここが地獄の入り口か”と言いたくもなるわけである。
そして『Cloud』の劇中で周囲が寝静まった深夜に独り椅子に座ってオークションサイトに出品中の商品がSOLD OUTする画面を眺めている場面で、顔の表情だけで静かに脳汁(=射倖心が満たされている時の神経伝達物質ドーパミンを言い換えたスラング)が出ている状態を演じられている菅田将暉の俳優としての底力がすごいと思った。
本格的に転売業に専念するために群馬県の湖のほとりに引っ越した後、吉井がアルバイトで雇った佐野に対して仕事用のパソコンの画面を覗くな、と告げる場面が後に佐野をクビにする伏線になっているのだが、おそらく吉井が他人にパソコンを触らせないのはその装置によって孤独にドーパミンを出す作業にのめり込んでいくことに対する無自覚な羞じらいと逡巡のためである。
これが例えば老若男女に親しまれているスロット機の代表機種・マイジャグラーVを打っていて機械割が102%を越えるかどうか(入れた分のメダルが戻ってきてあわよくばプラスになるかどうか)のボーダーラインである設定4以上あるのか無いのかデータを見ても判断がつかない時にあとワンプッシュして46枚追加投資するのかしないのかのギリギリの攻防が一番スリルとサスペンスの緊張感が高まるヒリつき場面だから。
とはいっても設定4はあるんじゃないかと展開を想定してここだと思ったポイントから確率の収束地点が40G〜80Gぐらいズレることが多いのでとにかく難しい、ジャグラーの予測不可能性ここに極まれり。
あとワンプッシュ分追い打ちをかけて回していればBIGボーナスの連チャンが始まってたのに期待獲得枚数266枚×数回を取り損ねたパターンが何度あったことか。
たとえ読み通りに光らなかったとしても帰り際に念のためワンプッシュ未練打ちしておく最後の残り約30回転で何があるのかわからないのがジャグラーだから、とにかく帰り際のワンプッシュもう一押しの粘りが大事なんやね……。
で、こいつは結局映画館に映画を観に行ってもパチンコ(パチスロ)のことばかり考えてるやないかーい!というオチでした。
【追記】
『Cloud クラウド』の予告編では黒沢清の諸作品へのシンパシーを隠さないバンド・[Alexandros]が書き下ろしたインスパイアソング「Boy Fearless」が使われているけど、この映画のサウンドトラックにふさわしい曲をもう1曲挙げるならばラッパーのdodoが2022年に出したアルバム『again』に入っている「getit」だと思う。「ぎりぎり ぎりぎり ギリギリギリ ぎりぎり生きてる。」と連呼するフックが胸を打ちます。
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