見出し画像

Beautiful World (Da Capo Version)のイントロは5連符だという話

はじめに

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||、面白かったですね〜〜〜〜〜。


ラストで流れる新アレンジのBeautiful Worldがめちゃめちゃかっこよかったですよね。
もう一度聴きましょう。きっと久しぶりに聴く方も多いはず。

かっけ〜。
真っ暗になった劇場の中で、One Last Kissが終わりイントロが聞こえてくる瞬間、この曲がBeautiful Worldであるとわかる瞬間、破壊的なベースが重低音を響かせた瞬間…
よかったね…


ところで冒頭からアコースティックギターが繰り返すイントロ、ボーカルが入ってから微妙に違和感を感じませんか?
妙な座りの悪さというか、協調性のないクールさというか、
無機質な感じというか…


この記事のタイトルをもう一度読んでください。

そうなんです。

その話をします。



この記事のゴール

  1. イントロのギターが4拍5連のリズムを元にしていることを検証する

  2. このリズムの意図について考える

  3. 宇多田ヒカルってすげえ

この記事でやらないこと

・楽曲のアレンジからシン・エヴァ本編の内容について考察すること
・宇多田ヒカル論(語れるほど詳しくないので)



1. イントロのギターが4拍5連のリズムを元にしていることを検証する

音楽の説明って、言葉にするとけっこうやっかいです。自分の勉強のためにも丁寧に拍と連符の説明から始めますが、なんとなくでもわかってる方はどんどん読み飛ばしていってください。
1.4.からが実際の曲の話です。

1.1. 拍と拍子

拍と拍子とは。

…丁寧にと言ったそばからすみません、SoundQuest先生のところへ行ってきてください。いまこの世で最もアツい音楽理論サイトです。
そのまま帰ってこなくても仕方ないかもしれません。SoundQuestを読んだ方がタメになります。


一部引用します。

音楽は、一定のリズムを繰り返しながら形作られていきます。拍子(Meter)とは、その曲の根幹となるリズムがどんな形でまとまりを作っているか。それを指し示す言葉です。

拍子と拍 - SoundQuest

だそうです。音源による実例もわかりやすいです。

今回取り上げているBeautiful Worldは4拍子です。4拍がひとまとまり(1小節)ということですね。
ギターが引っ込み、ビートが明確になる2:40以降、「いち、にい、さん、しい、いち、にい、さん、しい」とカウントしてみてください。いい感じの拍動として感じられるはずです。

このあと5という数字が登場しますが、変拍子とは関係ありません。今回はあくまで4拍子の曲だということに注意しておいてください。


1.2. 連符(れんぷ)

曲を紙に残すとき、「ドを0.3秒伸ばしたあとにレを0.2秒伸ばして…」みたいな説明はしていられないので、その昔五線譜音符という発明が行われました。
五線譜上に音符を配置することで音の高さを、音符のかたちで音の相対的長さを表すことにしたのです。
ここでは音の長さについておもに考えてみます。ドレミがわからなくても大丈夫。


音符のかたちは、音の長さが2等分になるにつれ変化します。
すなわち1小節まるまる伸ばす音を全音符、
それを半分に分けた音を二分音符、
さらに分けて四分音符、八分音符、十六分音符…という具合。


では、2以外の数で等分したらどうなるか?
これを連符と呼び、楽譜では等分の数とともにこう書きます。

3連符、5連符の例。1拍♩を2等分するのではなく、3等分、5等分にしている。

ここだけは2等分が基準の音符じゃないよ!と示しているわけです。


1.3. ○拍×連

上記の連符は1拍の中での等分を考えましたが、必ずしも等分する対象が1拍である必要はないですね。
いち、にい と2つ拍を数えているうちに等間隔に1,2,3 と音を鳴らしてもよいわけです。

急にメロディが現れましたが、リズムのみ気にすればOKです

いち、にい、さん、しい と4つ拍を数えている中で1,2,3,4,5と音を鳴らしてもよいです。

このように、○拍に対して×分割する連符のことを○拍×連の連符といいます。
上記の例はそれぞれ2拍3連、4拍5連です。

このように、複数またがった拍に対して連符をつくることで、ベーシックな2分割、4分割…基準では得られないリズム感を作り出すことができます。
例として提示した曲でも、メロディの後ろで鳴っているカウント音とメロディのタイミングは複雑なズレかたをしているのがわかるでしょうか。


1.4. Beautiful Worldのイントロ

ようやく実際の曲の話ができそうです。

とりあえず耳コピしてみました。弾きたかったので。

かっけ〜。

ボーカルがAメロを歌い出すまで、実に1分半もの間ほぼこの繰り返し。"Beautiful World, Beautiful Boy"のボーカルは入ってきますが、明確なビートもないため、独特の浮遊感が続きます。

この段階では、コイツがなにをしているのか、その仕掛けは明確ではありません。
DAWでの検証等もしているのですが、難しいので省略して、楽譜にしてみます。

このように、5連符の同じ長さの音符が等間隔に聞こえます。
なんか和音だし、タイ(音をつなげる記号。こんなやつ。)が多くて見づらいので、メロディが動いている部分だけ抜き出します。

ご覧のとおり、4拍5連のリズムをベースに、3音しか鳴らしていないというのがこのフレーズの核です。
これによって、5連符であることがあいまいにされています。

たとえばこのようなフレーズだったとしたら5連符であることははっきりしていたでしょう。

あくまで少しあいまいなリズムで、ちょっと違和感がある というのがポイントです。


以上を踏まえて、もう一度本家のイントロを聞きながら、ギターの発音に合わせて「いち、にい、さん、しい、ごお」とカウントしてみてください(音を伸ばしている部分でも等間隔でカウントするのがコツです。すぐわからなければ再生速度を落とすのもよいでしょう)。
ギターの音が等間隔に聞こえていれば、この章の意図は伝わったかと思います。


2. このリズムの意図について考える

この奇妙なリズムの意図について考えてみます。

2.1 ギターとそれ以外のからみ方

1:30ごろからボーカルが歌い出しますが、ギターの5連符を基準にしたリズムとは違い 、ポピュラーな4拍子の世界で歌っています。

(歌唱はSynthesizer V AI Maiさん)
とうぜん┏ 5 ┓みたいな記号は登場しません。


2:23から「ツッツッツッツッ」という音が加わり、はっきりしたビートが提示されますが、これも4拍子が基準のため、ギターだけがずっと仲間はずれです。最終的に2:40で4拍子に乗っ取られ、完全に退場します。

冒頭で述べた「協調性のないクールさ」「無機質さ」の正体は、ギターとその他とでリズムの基準がまったく違うことに起因しています。
この微妙な違和感を作るために、5連符が採用されていると考えられます。


2.2 なぜ5連符を使うのか考える

なぜこのような特殊なリズムからフレーズが作られているのか、考えてみます。

結論から言うと、これは一種の「擬態」だと思います。

このようなギターフレーズのリズムパターンとしてスタンダードなのは、5連符を使ったものではなく、「3・3・2」パターンです。

1拍の4分の1の単位である16分音符を使って、「いち、に、さん いち、に、さん いち、に」というリズムをひとまとまりと捉えたリズムです。
「2」のうしろは音を伸ばしてしまっているのもあり、ビートなしでは今回の5連符フレーズと聞き分けられないかもしれません。

1.4.の「イントロ改変」に倣って改造してみると、違いがはっきりしてきます。

こうなるともはや別モノといった感じ。


では、5連符フレーズはどの程度3・3・2フレーズに擬態できているのか、同時に聴いてみましょう。左右に分けているので、イヤホン・ヘッドホン推奨です。

左から聞こえるピアノが3・3・2、右から聞こえるギターが5連符

ワーオ

思わずワーオを見出しにしてしまいました。

違いが微妙すぎて、音源では片方ずつ鳴らしたりメトロノームと一緒に鳴らしたりして確認してます。
これは…思ってたより微小な違いだ…しかし、2音目、3音目の鳴る瞬間は、ピアノ(左)とギター(右)のうち後者がわずかに遅れているのがわかるはずです。
(概算では、およそ0.03〜0.05秒の発音タイミングの差として現れているようです(これは聴覚の分解能としても十分聞き分け可能な範囲です))

先入観を与えてしまうかもしれませんが、3・3・2のほうがややあっさりしており、5連符の方が少しゆったり・ねっとりしているように聞こえないでしょうか。
ここがキモなんで頼みます。決して勘違いではないんです。

巧妙に擬態できていつつ、しかし確かに違うようだ というラインだと思います。
このような手法が音楽史上存在していたのかどうか、ちょっと聞いたことがないです。すごい発明が行われている気がします。


2.3 音の相対的長さとBPM、連符

別の角度からも考えてみます。

1.2 連符 で、音符はかたちで音の相対的長さを表す発明品だという話をしました。楽譜には絶対的な音の長さが書かれていないのです。
そのため、1拍の長さの基準さえ変えれば1音の長さはいかようにも変化します。
この1拍の長さの基準のことをBPMと呼び、「♩=114」こういう書き方をします。


ここまで登場した楽譜は、BPMについて指定のない譜面のため、ものすごく速い曲とも、遅い曲とも想定することができます。

そこで、さきほどの「3・3・2vs5連符」を超遅くしてみましょう。
原曲のBPMは♩=114ですが、40まで落としてみます。

こうすると、発音タイミングの違いが明確になってきます。擬態度が下がっていると言えます。
5連符フレーズの方が遅れていますね。

逆に、速くするとどうなるでしょうか。♩=180にしてみます。

こうなると、ほぼ聴き分けられなくなります。もはや擬態というか、聞いた印象は同じと言えます。
ましてや人間が演奏するとなると、弾き分けられる人間もいないでしょう。

原曲のBPM♩=114というのは、5連符のニュアンスを弾き/聴き分けられる絶妙なテンポと言えそうです。もっと速いテンポの曲であったなら、そもそもこのような仕掛けは選択されなかったわけですね。



以上、4拍5連のリズムとその意図について考えてきました。
最後に、誰がこのアレンジを仕掛けたのか、そして宇多田ヒカルのリズムトリックについて調査してみたいと思います。


3. 宇多田ヒカルってすげえ

3.1. クレジット

楽曲のクレジット情報って、ネットに出ないですよね…
最近はサブスクにもクレジット機能が追加されましたが、基本はアーティスト側の厚意としてやってる面があります。この曲はサブスクにクレジット情報はありませんでした。もっと参加プレイヤーのこととか知りたいよ。

どうしても知りたかったのでCDを買いました。引用します。

2. Beautiful World (Da Capo Version)
Produced by Nariaki Obukuro and Hikaru Utada
Recorded by Steve Fitzmaurice at RAK Studios
Vocals Recorded by Nariaki Obukuro and Hikaru Utada, edited by Yuya Saito
Strings Recorded by Masahito Komori at Victor Studio
Mixed by Steve Fitzmaurice at Pierce Room

All Vocals, Additional Keyboards and Programming: Hikaru Utada Keyboards and Programming: Nariaki Obukuro
Acoustic Guitar: Ben Parker
Piano: Reuben James
Bass: Jodi Milliner
Additional Programming: Nobuaki Tanaka
String Arrangement and Conducting: Yuta Bando
Strings: Ensemble FOVE

One Last Kiss / 宇多田ヒカル 歌詞カードより
(筆者により太字強調)

ギターを弾いているのはロンドンのアーティストBen Parker氏のようです。
2016年の「Fantôme」にクレジットされているので、しばらく長く宇多田の作品に参加していますね。2024年のライブツアーにも参加しています。

全体の編曲について言及がないですが、「Produced by Nariaki Obukuro and Hikaru Utada」がそれにあたりそうです。

誰がこのアレンジを仕掛けたのか。

…よくわかりませんでした!いかがでしたか?


はい。

わかりませんでした。

ギタリストであるBenきっかけか、小袋・宇多田きっかけか、どちらにせよ最終的にはプロデューサーである2人の責任のもと、この編曲になっていると想像します。

このさりげなく、しかし偶然では絶対にこのかたちにはならないギターのリズムを、誰かが発案し、いいねと思い、曲に加えることになった その現場を想像するだけでとてもかっこいい場面だなと思うのです。


3.2 宇多田ヒカルのリズム

宇多田ヒカル論的なことを語れるほど詳しいわけではないのですが、他の曲でも、特に近年、彼女の曲はリズム面で何か仕掛けられていることがあります。

という話をライターで批評家のimdkmさんがされているので、興味のあるかたはぜひアト6を聴いてください。面白いです。

一部書き起こします。

7:00ごろ〜
imdkm
「宇多田ヒカルが持っているリズムの感覚であるとか、表現しているリズムの繊細さとか独特さっていうのは、ちょっと類を見ないというか、うまいとか精緻であるというのを超えてものすごく特殊な…。」
宇多丸「実験的なこともやっているし。」
imdkm「それが特に近作「Fantôme」、「初恋」で現れていると。
特に言うと、歌の中に複雑なリズムが現れたり、あるいは歌の微細な節回し、フロウに現れるものが『あ、いいじゃん、気持ちいいじゃん』ではなくて『それなに!?』みたいなのってけっこうあるんですよ。」
(中略)
imdkm「本人は『ちょっと違和感のあるものを目指している、単に気持ちいいだけではなくて違和感を忍ばせることがモットー』みたいなことも言っているので。
そういった謎めいたリズムの表現や解釈というのが楽曲の至る所にあって、ポップミュージックとしてパッと聞いた時と、『ちょっと待てよ』と思って立ち止まって、よく考察してみて聴いたときの印象の違いってすごく多いんですよね。」

2022年2月3日放送 TBSラジオ アフター6ジャンクション
「特集:宇多田ヒカルのニューアルバム『BADモード』をリズムの面から掘り下げる」より
筆者書き起こし

いいっすね〜。
こういうのを真剣に考えている人がいるってだけで嬉しくなります。まさしく今回のギターも偶然や勘違いではなく、「忍ばされた違和感」「それなに!?」だと思います。
歌のリズムについて考えたい方はぜひこの特集をお聞きください。後半だんだん「なんなんこれ…」って雰囲気で全員神妙になってくるのがオモシロポイントです。


宇多田の連符のトリックで言うと、「誓い」のイントロでは3拍2連のリズムが出てきます。
2連に合わせてピアノの右手でコードが鳴らされるので、しばらく4拍子に錯覚できるようになっていますが、実際には6/8拍子という仕掛けです。


あ、待って
ほかならぬimdkmさんが動画を作ってました。歌のリズムはさらにヤバい模様です。

4分弱にまとまっていてとてもわかりやすいです。
これを意図してやるって、一体なに?レコーディングの現場はどういう雰囲気なんだ。

こういう、ある種毒のある仕掛けは、やはり宇多田本人が好きなのでしょうね。今回取り上げた5連符の擬態も、本人発案である可能性が高そうです。


だいぶとっ散らかってきました。
聞きかじりながら、ジャズの高速スウィングがイーブンに近づく話とか、5連符ディラビートの話とかしようと思ってたんですが、もう長すぎるので締めたいと思います。



まとめ・おわりに

  • Beautiful World (Da Capo Version)のイントロのギターは、4拍5連のリズムをもとにしている

  • スタンダードな「3・3・2」リズムに擬態しつつ、ボーカルのリズム基準とズラすことで、独特の浮遊感やクールさを演出している

  • 宇多田ヒカルは意図的にリズムに毒を忍ばせている

以上まとめでした。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。かなりクドクドと説明してしまった自覚はあります。

2021年にエヴァを観たあとツイートして以来、「誰か詳しい人解説して〜!」ってずっと言ってたのに、ネット上では誰からも指摘がありませんでした。ようやく3年越しに書けました。
誰か氏〜!じゃあないんだよな。お前がやるんだ。

終劇。




本記事は以下のアドベントカレンダーに参加しています。

いいなと思ったら応援しよう!