I LOVE YOUと痛みの評価 2024・10・1
作家の坂口安吾が、日本語では恋人にもチョコレートにも同じ「好き」という動詞を使うものだから愛情の表現が難しくなる、とどこかで書いていた記憶があります。両者の違いを表現しようと思っても「とても好きなんだ」くらいしか言いようがないわけで、確かに言葉としては不便です。
古来日本では名前を聞くこと=愛の告白、であったりI love you.の訳に「月が綺麗ですね」を充てたりすることでもわかるように、直截に愛情を表現する言葉が見当たりません。坂口安吾は確かアテネフランセに通っていてフランス語が堪能だったはずでそうであればこその発言だったのでしょうか。
「痛み」についても同じことが言えます。腰痛を訴える患者さんに施術を行って、「腰はまだ痛いですか?」と伺ったとします。術前術後で痛みに変化がなくても、あるいは八割がた痛みが軽減していても、痛みがあるかないかという質問には「痛い」としか答えようがありません。
そこで痛みの評価には「ペインスコア」というものを使います。現在の痛みの程度を5.「ものすごく痛い」、4.「少しはいいけどまだまだ痛い」、3.「まあまあ」、2.「ちょっと楽」、1.「かなり楽」または「痛くない」と五段階に分けます。施術前患者さんに、現在の痛みは五段階評価のどこに位置するかを伺います。施術後にもう一度痛みを五段階で評価していただき、今度は五段階のどの辺りかを伺います。そうすることによって術前術後の効果を施術者だけではなく患者さんも理解できますし、何回か継続して施術を行った時の効果も判定できます。
痛みは客観的に評価できません。仮に同じ痛みであったとしてもそれをどう感じるかは患者さん一人一人で違うからです。あくまでも痛みは主観によるものであり、そういう意味では痛みの治療はサイエンスというよりアートに近いでしょう。補完医療で取り扱う症状で圧倒的に「痛み」が多いのもそのためです。
客観的に評価できない概念を、ペインスコアのように具体的な物差しに当てはめて説明するというのは便利なやり方です。飲食店で店名やメニューに「横綱」とか「キング」とか付けるのも同じ理由で、それによって「うちが一番」というアピールを行っているわけです。
でも、恋人に「私のことどのくらい好き?」と聞かれて「うーん、天津飯とかイカのリング揚げくらいかな」と答えれば、もしそれらが最高の好物であったとしても間違いなくケンカになりますよね。