【DJAIKO62の読むアート噺】没後300年記念 英一蝶 ―風流才子、浮き世を写す― サントリー美術館
波乱万丈の人生と驚きの才能 英一蝶とは?
サントリー美術館で2024年9月18日から開催されている「没後300年記念 英一蝶 ー風流才子、浮き世を写すー」」は、元禄時代に活躍した異才の絵師・英一蝶の没後300年を記念した特別展。内覧会に参加しました。担当された学芸員の池田芙美さんはなんと英一蝶を20年にわたり研究をされてきた方。国内外から集められた名品の数々が一堂会する大変貴重な機会で、巡回展もありません。大河になるかも!というような波瀾万丈な生涯やマルチな才能、どんな人物なんだろう?と見進めていくうちにどんどん興味をひかれました。ここで知っておかずにどうする?というくらいのインパクトがあり、アート噺的に今年TOP3級におすすめです。
江戸時代のマルチタレント
英一蝶は、狩野派で正統的な絵画教育を受けながらも、その枠を超えて新しい風俗画を生み出した絵師です。松尾芭蕉に師事して俳諧も学びました。その文学的才能は絵画作品にも反映されています。俳諧師だった英一蝶にも大きくスポットを当てているのが今展の特徴の一つでもあります。
島流しというターニングポイント
英一蝶は、元禄11年(1698年)に数え47歳で三宅島に流罪となっています。大島から八丈島まで数々の島がありますが、罪深さによって江戸・東京からの距離があったそう。三宅島ですが、調べてみたら現代でも東京竹芝から出ている大型客船で6時間半の距離があります。当時はおそらく島につくまでも命懸け、2度と江戸に戻ることはないだろうと言う覚悟もあったそうです。
では島流しにあうほどの何をしたのか?江戸吉原で太鼓持ちをしていた英一蝶、将軍・綱吉の生母である桂昌院の縁者に遊女を身請けさせたことで幕府から目をつけられていたというのが、諸説ある中の有力なものとして伝わっているそうです。
三宅島での生活は比較的自由だったともされ、島からは出られないものの、近隣の島からも注文を受け、今回出展のある名品の数々も伝わっています。人たらしだったと言うキャラクターにも興味が湧きました。
通常島流しは無期でしたが、将軍の代替わりにより恩赦で帰還できたというのもドラマチックですよね。この島流しから帰ってきてからの名前が「英一蝶」となり、実はこの島流し中の時代の作品が特に評価が高いのだそう。
見どころ満載!英一蝶の多彩な作品世界
展示構成は多賀朝湖時代、島一蝶時代、英一蝶時代と3章立て、ゆるやかな時系列で人生と作品をたどります。
第一章
英一蝶《立美人図》千葉市立美術館: 多賀朝湖時代の作品。狩野派の枠を超えた新しい試み。当時浮世絵の祖として知られていた菱川師宣の作品を参考にしたと言われています。前期展示。
英一蝶《雑画帖》大倉集古館: 36図からなる初期の画業を示す作品集。水墨画から着色画まで、技法も主題も多様な作品が収められています。技術の高さと教養の深さを感じられるもの。すべてが出品されるのは一蝶展では初!通期・前期後期で18図ずつ場面替えあり。
重要文化財 英一蝶《風俗画絵鑑》茨城県立歴史館: 絹本に書かれた名品。四睡図はもともと豊干と虎、寒山拾得が寝ている様子を描いたと言う絵ですが、一蝶は遊女と遊女が飼っている猫、お付きの禿を描きました。ユーモアのセンスもあり、得意だったことがわかります。通期・場面替えあり。
英一蝶《地蔵菩薩像》メトロポリタン美術館: メトロポリタン美術館所蔵の本格的仏画。緻密な描き込みや穏やかな表情の美しいこと。アカデミックな教育を受けたことがわかる作品。1936年にメトロポリタン美術館所蔵になって以降、NYで公開されたことはあるものの、初めての里帰り展示となります。通期展示。
英一蝶《四条河原納涼図》千葉市美術館:一蝶は生まれ故郷とされる風俗も描きました。人間観察に満ちた京都の風俗画作品で、細やかな人物描写が特徴です。水中のものを取ろうとしている人物が、かたや持っている盃のお酒をこぼさないように必死なところ!細かすぎて笑いを誘います。前期展示。
英一蝶《投扇図》板橋区立美術館: 巡礼者の様子を描いた作品。扇を鳥居に向かって投げる様子が描かれています。お参りよりも運試しに夢中な様子が面白く、人物の表情や漫画の一コマのような躍動感のある描写からも伝わってきます。前期展示。
英一蝶《朝暾曳馬図》静嘉堂文庫美術館: 斬新な影の表現が特徴の農村風景。水面に映る影の描写が当時としては新しい試みでした。後期展示。
宝井其角 編《虚栗》東京大学総合図書館:一蝶の親友だった宝井其角が編纂をした俳諧の句集。芭蕉、其角、暁雲(一蝶)の句が見開きで並ぶ。親しい活動の様子もわかります。
第二章
この章では、英一蝶が流罪中に残した作品群が紹介されます。彼はこの期間に「島一蝶」と呼ばれる最高傑作群を生み出しました。
後期に出てくるポスタービジュアルにもなった最高傑作とは?
後期展示では、英一蝶の代表作の一つである重要文化財《布晒舞図》が出展されます。もう帰れないだろう江戸の情景を、島で思い出しながら描きました。縦30cmほどの小さな作品で、指先やふんわりと広がる晒しまで、細部に渡る表現が繊細かつ丁寧で、注目ポイントだとお話がありました。担当学芸員の池田芙美さんが英一蝶研究を決めたきっかけの作品でもあるそうで、当時学生だった2003年、サントリー美術館で鑑賞をされたと言います。美術館で見た一作品が、一人の学生の学びを決め、そしてその方が後に同じ美術館で英一蝶展を担当するとは!私はこの特別展で英一蝶が強烈に印象に刻まれました。同じように思う人は大勢いらっしゃるのだろうと思います。
・英一蝶《吉原風俗図巻》サントリー美術館:吉原に通う姿を描く。幇間として出入りしていたからこそわかる視点に注目。【通期展示(場面替あり)/本場面の展示期間:10月14日まで】
・御蔵島 所在作品の絵馬2点。
島外の公開は初!通期展示。
第三章
この章では、英一蝶が帰京後に制作した多様な作品群が紹介されます。島から戻ってきた後は、「風俗画はもう描きません!」という宣言もしたそう。とはいえ、雨宿り図屛風や田園風俗図屛風のような、風俗画的なものもやはり描いていました。英一蝶の眼差し、心情も現れた描写に注目です。仏画のテーマをひねった不動図も後期展示でお目見え。炎を滝のかからない場所に置くと言うユーモアは一蝶らしく面白いですよね。
・英一蝶《舞楽図・唐獅子図屛風》メトロポリタン美術館:両面展示。伝統的な舞楽の図ようの裏は唐獅子が。獅子の表情のおかしさ、ユニークさに表の面との対比を感じるもよし。
・英一蝶《琴棋書画図屛風》今日庵:もともと中国の画題を日本風にアレンジ。後期展示。
・英一蝶《釈迦十六善神図》個人蔵:新出作品。緻密な描き込みにも圧倒されます。作品自体が光を放っているような存在感で、大変神々しかったです。前期展示。
展示は一蝶のひ孫弟子が描いた肖像画で締め括られます。亡くなってすぐに描かれた肖像画を後に写したもので、そこに記された辞世の句には風俗画家として生きた英一蝶の自負もあらわれているのでは?と話しておられました。前期展示。
おわりに:一生に一度の特別展、見逃すな!
担当された主任学芸員、池田芙美さんの英一蝶愛も垣間見える情熱的な展示でもあると思いました。20年の研究がギュッとつまっています。前期・後期で展示替えがあり、私はもう一度後期にプライベートでじっくりと鑑賞をしたいと思っています。そして、神田伯山さんのオーディオガイドもよかったー!フルでお話聞いてみたいとめっちゃ思いました。オーディオガイドはいつか担当したい仕事ではあるのですが、こんなに上手く紹介されちゃ、ナレーターの出る幕は…というくらい、すごく雰囲気もあっていて素晴らしかったです。聴きながら是非どうぞ。
開催概要
没後300年記念 英一蝶 ―風流才子、浮き世を写す―
会期:2024年9月18日(水)〜11月10日(日)
※作品保護のため、会期中展示替を行います。
前期 9月18日(水)〜10月13日(日)、後期 10月15日(火)〜11月10日(日)
開館時間:10:00~18:00(金および11月9日は〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:火(11月5日は18:00まで開館)
会場:サントリー美術館(東京ミッドタウン ガレリア3階)
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