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『HOW TO BLOW UP』パイプラインの爆破は「正義」か「テロ」か
本作は「環境テロ行為を助長する」と、FBIが警告を出した作品である。
若き活動家たちが環境破壊行為を止めるため、また自身の主張に耳目を集めるために、テキサス州の石油精製工場のパイプライン爆破計画を立案する。ただ爆破するだけではない。誰も傷つけず、環境も破壊することなく、石油を1滴もこぼさず、この任務を遂行するのである。
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本作には原作があり、「パイプライン爆破法 燃える地球でいかに闘うか」という、よりその意味が直接的に伝わってくるタイトルの本だ。
スウェーデンの気候変動学者アンドレアス・マルムによるこの原作は、世界におけるこれまでの環境保全活動の変遷を、奴隷解放運動や南アフリカのアパルトヘイト、近年のBLMなどの社会運動と絡め、どういった「行動」が一番効果を上げるのか、また「革命」となり得るかについて論じている。そして歴史的に非暴力を重んじる戦略的平和主義よりも、「サボタージュ(財物を破壊する行為)」や「暴力的な直接行動」がより成果を上げてきたと結論付けている。
暴力とはリスクを伴った企てだ。そして時に、そこで問題とされている価値観が、リスクを取ることを正当化するのである。したがって、財物破壊はイエス。しかし、人間への暴力にはノー。これが『パイプライン爆破法』で示された立場だ。
確かに、FBIから警告が出そうな内容である。
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ただし、この本はその名の示すような「爆破の手引書」ではない。爆弾の作り方などはもちろん、過激行為の遂行後に役立つような保釈金に逮捕回避術、被逮捕者の救済対策や獄中支援の方法が書かれているという訳でもない(著者によると理由は紙幅の関係らしいが…)。
原作を読んでいて過激派の行動を正当化するような印象が少しもないと言えば嘘になるが、それでも社会運動の歴史的な背景やその成否、そういった運動と環境保全活動とを比較した様々な論考には、頷ける部分が多い。
そんなドキュメンタリー仕立てな原作を、環境活動家たちの実際のアクションを参考に翻案し、劇映画にしたのが『HOW TO BLOW UP』(原題:How to Blow Up a Pipeline)なのだ。
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監督のダニエル・ゴールドハーバーは、2021年のコロナによるロックダウン中にこの原作と出会い、非常に感銘を受けたという。先述の原作者、アンドレアス・マルムに接触し映画化権を取得。そして劇中の爆破シーンのために、本には載っていないリアル「パイプライン爆破法」についての調査・研究をする必要に迫られた。
3インチの鋼製パイプラインを破壊できるような爆弾製造方法をアメリカの反テロリズム専門家に教えてもらい、石油パイプラインを破壊するための方法を探るべく複数のパイプラインエンジニアにもアプローチ、さらに実際の(投獄経験もある)環境活動家に実用的な組織としての動き方や、過激な活動に参画する際の感情面についても取材を行ったそうだ。
このように、映画は緻密な事前調査による説得力のあるリアリティに下支えされており、また16mmでの撮影で実現した、映像が現在進行形と思わせるような臨場感が一体となり、『HOW TO BLOW UP』は張り詰めた緊張感の漂う作品に仕上がっている。
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爆弾・爆破を扱ったシリアスなトーンの映画はこれまでにもたくさんあったが、その多くは「正義」か「悪」のどちらかが相手に対して仕掛けるシンプルな対立構造の作品だ。しかし本作は、主人公である若き環境活動家たちのやることがそのどちらなのか、観客の多くは判断できないまま鑑賞を強いられる。
「エコスリラー」という、初めて聞く単語で形容しているメディアもあるくらいで、テーマも構造も現代的だ。
原作の示す通り、この爆破行為は、資本主義下における環境破壊という圧倒的広範囲な「暴力」への「正当防衛」であるというスタンス。監督はこの考えに共感し本作を撮っているので、映画はそもそも主人公たちに感情移入する作りになってはいるが、この問題については、まずは鑑賞者がそれぞれで考えてみることも重要である。
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最後に、この作品のクオリティを保証できるようなポイントを一つご紹介したい。それは『HOW TO BLOW UP』の北米配給を、アメリカの独立系映画製作・配給会社「NEON」が担当したということだ。
「NEON」は知る人ぞ知る新進気鋭の映画スタジオ。直近の実績で言うと、2024年の第77回カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールをショーン・ベイカー監督の『Anora』が受賞したことで、5年連続「NEON」配給作品の受賞となったのである。
2019年:『パラサイト 半地下の家族』
2020年:コロナにより中止
2021年:『チタン』
2022年:『逆転のトライアングル』
2023年:『落下の解剖学』
2024年:『Anora』
正確に言うと「トライアングル」と「解剖学」は、映画祭の開催中に配給権を獲得しているが、それにしても凄まじいラインナップだ。
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『HOW TO BLOW UP』はそんな「見る目」があるスタジオの配給作品。ここまで筆者もあれこれと言葉を並べてきたが、この事実一つの方が刺さる方もいるかもしれない。本作にも、NEONにも、要注目である。
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