山﨑翠佳主演 『カフネ』 杵村春希監督インタビュー「コミュニケーションについて描きたい」
進路に悩む女子高生の澪(みお)はある日、自分が妊娠していることを知る。両親にも隠し、しばらく1人で思い悩んでいた澪は、親友や彼氏に打ち明けて本音で語り合おうと試みるー。
少女と少年の「恋ではない、なにか。」の物語。
映画のタイトルになっている”カフネ”とは「愛する人の頭をそっとなでる穏やかな動作」を意味するポルトガル語。映画『カフネ』の物語も、三重県熊野市の美しい自然の中で展開し、穏やかであたたかい空気をまとっている。
今回は『カフネ』が初の長編監督となった杵村春希監督に(途中、主演の山﨑翠佳さんのご助言もいただきながら)この映画で描きたかったことについてインタビューを行った。
ーー今作では「コミュニケーションについて描きたかった」ということですが、数あるテーマの中から”妊娠”を選んだのは、どういった理由からだったんでしょうか?
(杵村)コミュニケーション、その中でも「本音の心のやり取り」を描きたいというのが最初にありました。それを表現する上で撮りたかったモチーフが、「思春期に直面している男女」です。
人生ではさまざまなことが起こり得ますけど、”妊娠”は生命に関わることで”究極のもの”というイメージが常にありました。思春期に直面する男女を描くときに、そんな究極の状況の中で生み出される「本音のやり取り」というものに興味が湧いたんです。
加えて制作の期間中は、ちょうどコロナ禍。パンデミックの中で現実でも高校生の妊娠が増えるという社会問題がおこっており、そのリンクもあって、作品に現代性も持たせられることから”妊娠”というテーマを選びました。
ーー映画を通して、妊娠してしまう澪(みお)ちゃんの心情をそのまま映すかのよう曇り空が非常に印象的でした。
(杵村)『カフネ』の撮影は全て三重県熊野市で行ったのですが、熊野は青空がすごくきれいな土地なので、撮影前は晴れの画を撮れたらいいなと思っていたんです。実際は天気が不安定で前日の天気予報もなかなか当てにできず、当日でも天気がころころ変わるようなことが続きました。
確かに撮影中は曇りが多くて、それが映像にも出ています。ですが、例えば澪の心情やそれぞれのシーンが持つ雰囲気は、あまり晴れ晴れとしたものではないので、それが結果的に「曇り」という天候に恵まれたことで、よりお芝居や映像にプラスに作用したと思います。
曇り空が映画の「雰囲気」や「統一感」に繋がっているのであればよかったかなと。
ーー作品の雰囲気ともすごくマッチしていたと思います。「雰囲気」といえば、音楽のピアノも良い空気感を作っていて素晴らしかったです。
(杵村)劇伴は基本的にピアノがメインになっています。主題歌『秘密』を歌ってくれた終日柄についても、ピアノがいないバンドなんですが、ピアノのメロディから音楽を作っていただくなど、工夫をしています。
ーー確か1シーンだけアコースティックギターの曲もありましたよね?
(杵村)澪が最も感情的になるというか、一番伝えたいと思っていた相手に打ち明けた後のシーンですね。ここはやっぱり、なにか普段とは違う心情をお芝居としても出してもらいたかったし、映像としてもそれを表現したかった。
言語化をしたことがなかったんですけど、だからギターの曲という選択肢にしたんだなと、今振り返ってみてそう思います。
ーーピアノもギターもシンプルなメロディで、聴いていて心地良かったです。
(杵村)”お芝居”をなによりも見せたいという願望がまずあったので、しっかりとした強い音楽で引っぱるよりも、芝居のぶつかり合いでストーリーを紡いでいくということをしたかったんです。だからミニマルな感じの曲になったのかなと。
以前『終わらない歌』というドキュメンタリーを撮ったことがありまして、大阪の長居公園という公園に夜な夜な弾き語りをしに集まってくるギタリストやシンガーにフォーカスした作品だったのですが、それぞれが好きなこと、「音楽」を楽しむっていう空間がそこにはあったんです。
その撮影で「人間を撮る」面白さにだんだん気付いていった。そういう過程を経たからこそ『カフネ』でも、「人間」や「芝居」を撮りたいっていう気持ちになったのかなと思います。
ーー「人間を撮る」というところで、作中の重要なシーンにおいて澪ちゃんの彼氏である渚くんは、顔の映らないバックショットでした。これにはどんな意図があったのでしょうか?
(杵村)もちろん俳優さんの演技や表情で紡いでいくというのも一つの選択肢としてはあるんですが、このシーンではそれ以上に「背中」が語ることも多いと思っています。
澪から渚に「伝える」ということがキーポイント。顔を見せないことで、お客さんの想像も膨らみます。バックショットには、そういう想像を豊かにさせる力があるんじゃないかと、絵コンテ段階でバックショットも多く取り入れました。
ラスト近くの澪と渚が対峙するシーンも、手前にいる澪にフォーカスしてその向こうにいる渚にはピントが合っていません。ここはカメラマンの采配でやっていた部分が大きくて、澪に視線が行くようにしてもらいました。
(杵村)私はそこまでテストも多くない撮影スタイルなので、ワンテイクで終わるシーンも多いです。
このシーンも撮り直しはほとんどしていなくて、多分カメラマンとしては”一発勝負”だったっていうところも大きいのかなと。お芝居を見ながらフォーカスを決めてもらって、視線誘導とかを考えても、自然に澪に目線が行きますし、これで本当に正解だったなって思います。
ーー澪ちゃんとお父さんが船に乗るシーンは、撮影の2週間ぐらい前に、監督が急に「やりたい」と言ったと聞きました。
(杵村)澪に生まれた町を、「引き」で見せてあげたいと思って急遽入れてもらいました。主人公の名前である「澪」というのは、船の通った跡にできる水の道。お父さんからすれば、日常的に見てきた光景なんです。
ーーお父さんが名付けたんだろうなっていう想像もできますね。
(山﨑)「澪」の名前の由来を改めて聞いたら、両親にすごく愛してもらっていたんだなって分かってジーンと来ちゃいました。
(杵村)「澪」だけでなく、実は「渚」も親友の「夏海」も、みんな海に関連のある名前で統一されています。
ーー『カフネ』の尺は66分と、比較的コンパクトな作品です。「コミュニケーションについて描きたい」ことから始まった映画ですので、お父さんとの関係はもちろん、お母さん、彼氏、親友、膨らまそうとすれば、もっと長くすることもできたのかなと思うのですが、この長さを選択したのはどんな理由からだったんでしょうか?
(杵村)主人公の澪は、映画を通してさまざまな人との「コミュニケーション」を経験します。その中で私が一番伝えたかったことというのは、自分の意思や感情を正しく感じて、自分の心の声を聞いてしっかりと人生を歩んでいくのが、いかに豊かなのかということ。そして逆に厳しさ、それに伴う責任感、困難を乗り越えた向こうに、自分で自分を愛することができるようになる、という気持ちだったんです。
澪と渚の両親が集まるシーンも一応シナリオにはあって、実際に撮影もしました。しかし澪の「自分の意思を大切にして生きていく」っていう部分にとって、それは本当に重要なのかというのは悩んだポイントでした。
結果、それよりは渚とのコミュニケーションや、自分の足で次の一歩を踏み出す澪の姿をお客さんに見せるだけでいいのかなと。それ以外は、想像でも補えるところだなと思いました。そういうシーンを削っていった結果、最終的にこの66分という尺になったのかなと思います。
ーーありがとうございます。最後に、YouTubeでメイキングドキュメンタリーも公開中です。その中で監督は「軽い気持ちで観てほしい」と言っていました。
(杵村)確かに”妊娠”というテーマで、しかもそれが高校生となると、なかなか軽い気持ちで臨みにくいお話でもあると思います。
ですが、そもそも映画って映画だけで存在しているのではなくて、やっぱり観客の皆さんにはそれぞれの生きる人生があって、その日常の1ページに映画はあるものだと思うんです。日常の延長線上として、そういうイメージで「軽い気持ちで見てもらえたら」という言い方をしました。
私自身も、高校時代は放課後に映画館に行って、今日も良い日だったなと思ってその日を終えるような生活を送っていました。『カフネ』がそんな日常の一部になって、ちょっとでもみなさんの心に残って、楽しんでいただけたら嬉しいです。
▼映画『カフネ』公式サイト
▼『カフネを、編む。-Documentary of Cafune-』|映画「カフネ」メイキングドキュメンタリー
▼秘密 - Music Video(映画『カフネ』主題歌)