ゆれる
モータウンな曲を楽器で弾きたくなり、ベースの存在を意識しはじめる。一年ほど前からベースの購入に揺らぐ、躊躇する、一旦忘れる、というルーティンを繰り返してきた。飽きやすい性格を自覚しているため、なかなか決断にまで至らない。そんな中、Silk Sonicの『Skate』のベースラインに心を奪われる。ようやくベースの購入を決意。決めてしまえばあとは早い。かつて憧れていたFenderのジャズベースとOrangeのアンプ。これしかない。
ベースをはじめて一ヶ月近くが経過し落ち着きつつあるが、次は弦で悩みはじめる。初心者のため情報量が乏しい。知識がないので迷うのだ。ネットで検索をすると、膨大な種類の弦がヒットした。なにがなんやら分からず、頭の中がパンク。ひよこのようなメンタルをなんとか奮い立たせ、参考になりそうなサイトで音源やレビューのチェックを重ねる。どうやら、ベースの弦は大きく分けると三種類あるようだ。ラウンドワウンド、フラットワウンド、ハーフワウンド。そして、そこからさらに細分化される。なぜそんなにもあるんだと最初は憤っていたが、挫けずに情報収集を続けた。少しずつではあるが、全貌が見えてきた。
音楽に関しては、僕は好みが明確だ。好きな音、嫌いな音がはっきりしている。もたもたしたヘロヘロのベースしか弾けないが、理想の音だけはあるのだ。自分にはフラットワウンドが合っている。間違いない。早速、ROTOSOUNDのフラットワウンドの弦をネットで購入。
後で知ったことなのだが、フラットワウンドは初心者には不向きな弦らしい。……そうなの? と思ったが、もう遅い。スマートフォンからメールの受信音が響き、「商品の発送が完了しました」と丁寧な通知が届く。ネット通販を利用していると、驚くぐらい対応が早いショップがある。弦を購入したショップもそうだ。ついさっき注文したばかりの弦が、瞬く間に僕の背後まで忍び寄っている。フラットワウンドの呪縛が、僕の指を喰いちぎろうとしているのだ。僕の指は、もう獲物でしかない。
フラットワウンドの弦は、スタンダードな弦と比較すると張力が強く(弦を抑えにくい)、指に引っかかる感覚(運指が難しい)があるので初心者には扱いづらい。このタイミングで知ってしまった悲しい事実。弦選びは慎重にということだ。
そこまでは想定していなかったが、弦交換に失敗した時のために、予備で定番のD'Addarioのラウンドワウンドも同時に購入していた。……よし、演奏しやすい弦を先に試そう。フラットワウンドという信念はあっけなく崩れた。
“ROTOSOUNDのフラットワウンドは独自なしなやかさで、張力が弱め。初心者には挑戦しやすいかも”
何気なく眺めていたサイトで、掴みかけていた全貌が覆された。
僕はどの弦で弾けばいいんだ。
モータウンまでの遥か遠い道のりに、目眩が起きる。