240 ブリ大根
はじめに
今日も少し昔話をしたいと思います。今日のお話は雪の多い年に、とある地域の雪下ろしのバイトをしたときの話です。
大学生の頃のことです。その年は、雪害が各地で発生した年でした。いたる地域で交通網に甚大な影響が出ていたほどでした。センター試験の会場の雪片付けやその周辺の駐車場の雪かきのバイトもしたり、山里で一人暮らしをしているおばあちゃんやおじいちゃんのお宅の屋根の雪下ろしのバイトなども依頼され、友だちと一緒にスノーダンプをジムニーにのせて、よくバイトに出かけました。
雪下ろしの後の昼食にて
雪下ろしの開始は、いつも10:00からと決めていました。少し暖かくなって雪が屋根からはがれやすくなったころ、はしごを使って屋根まで上り、友人と二人で昼間でひとしきり作業をしたら、大体終わることが多かったです。
屋根の広さにもよりますし、場所にもよりますが、周りが畑や庭だけなら大概の広さでしたら2時間から3時間一生懸命にやれば降ろせたように記憶しています。
その日は、とあるおばあちゃんのご自宅の屋根の雪下ろしを頼まれていました。いつものように友人と朝待ち合わせ、作業に出かけました。途中コンビニで温かいコーヒーとパンを買い、車内で朝食を済ませて現場に向かいました。
おばあちゃんのお家に着くと2人で準備を整え、はしごをかけてスノーダンプを担いで屋根の上に上がりました。雪に反射した光がまぶしかったことまぶしかったこと、寒さは最初だけで作業をしていると暑くてたまらないほど汗をかきました。
雪をきれいに降ろして、おばあちゃんの通る道や降ろした雪が邪魔にならないように家の目の前の田んぼに雪山を移動させたら作業終了です。夕方になると冷え込み、雪が固くなるのでできるだけ温かいうちに作業を済ませることが肝心です。
熱々のぶり大根
おばあちゃんに報告して、バイト代を頂いて寮に戻ろうと片づけを済ませていると、おばあちゃんが少しお茶を飲んでいってと誘ってくれました。
土間を抜けて、居間に通していただき温かいこたつにあたっていると、湯気が立ち昇る、大きな器に盛られたぶり大根が運ばれてきました。飴色の汁にひたひたに浸っているおいしそうな大根とブリをお皿にとって一口食べると、さっきまでの疲れが抜けるような気がしました。
そのすぐ後に白いご飯を手渡してくださった手は、農作業に家事に雪かきにとたくさんの苦労を重ねてこられた勲章のような手でした。温かいご飯に濃いめのぶり大根という最高のお昼を頂戴し、おばあちゃんにお礼を言って私たちは、その後のもう一軒のバイトに向かうことにしました。
お返しのチョコレート
その年の降雪量は尋常ではなく、2カ月ほどしてもう一度、おばあちゃんから雪下ろしのバイトの依頼がありました。今度は、私たちの方が前回のお礼をということでチョコレートを買っていくことにしました。
前回お伺いしたときにおばあちゃんが、たまにチョコレートをエプロンから出して、口にしているのが目に留まりました。勝手におばあちゃんはチョコレートが好きなんだと考えた私と友人は、当時発売され始めたばかりのぱりぱり食感の「紗々」というチョコレートを途中のコンビニで買って向かうことにしました。
雪下ろしを段取りよく済ませて、おばあちゃんに報告し、帰る前におばあちゃんに「この前はごちそうさまでした。」と一言添えて持参した「紗々」を手渡しました。おばあちゃんは嬉しそうに受け取ってくださいました。
「さっそく食べてみて。」と勧めてみるとおばあちゃんは箱から一つ袋を取り出し、食べてくれました。冬の寒さでぱりぱり感が増したチョコレートに驚いていたようで、とても喜んでくれました。
友人と二人で雪道をゆっくり車を走らせ、曲がり角で折り返し、道の通っている高台まで上がったところで、おばあちゃんの家の屋根が青く輝いているのが見えました。しばらく安心だと喜びながら、少し眺めていると静かに手を振っているおばあちゃんが遠くに見えました。
人の縁とは不思議なもので、何年たっても忘れられない思い出をいただいたことに心より感謝です。ふと、今年を振り返り人との出会いに感謝するのも年末の良い過ごし方なのかもしれません。