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445 総理の言葉

はじめに

「国が変な法律を作るから私はいまも差別を受けています」と語ったのは、旧優生保護法による被害の救済を訴え、戦い続け、立法行為そのものが憲法違反だという完全な勝利をつかみ取った原告団のお一人である、鈴木由美さんです。鈴木さんはご本人の知らない間に親が勝手に不妊手術を行った際の手術の後遺症で20年間寝たきりになりました。
今日の教育コラムでは、国の立法行為そのものが違憲とされたこの歴史的な悪政について少しお話ししてみたいと思います。

岸田首相の真摯な姿に期待

岸田総理が、旧優生保護法により、人としての尊厳を傷付けられた人々と面会し、正式に国を代表し謝罪をされました。その姿は、一人の国民として賞賛したい姿勢でした。同時に被害者の皆さんの姿勢や言葉にも同様、いやそれ以上の感銘を受けました。
岸田総理は、今も審理が続くすべての裁判で、賠償を求める権利がなくなる「除斥期間」適用の主張を撤回し、和解による速やかな解決を目指す方針を表明しました。早期の保障と謝罪、問題の解決を強調した声明に対して、この問題に関心を持っている多くの人々が肯定的な意見を述べています。
さらに、訴訟を起こしていない人も含め、幅広い被害者などを対象にした新たな補償のしくみを検討する意向についても同様の感想を持っています。

NHKの報道の一場面より

総理の言葉

今回の会見の中で、総理は次のような言葉を被害者の皆さんの前で発しています。
「昭和23年から平成8年までのおよそ48年間に少なくとも2万5000人もの方々が特定の疾病や障害を有することを理由に不妊手術という重大な被害を受けるに至ったことは痛恨の極みだ」

「旧優生保護法は、憲法違反で、同法を執行してきた立場としてその執行のあり方も含め、政府の責任は極めて重大だ。心から申し訳なく思っており、政府を代表して謝罪を申し上げる」

「優生手術などは個人の尊厳を蹂躙する、あってはならない人権の侵害で、皆さま方が心身に受けられた多大な苦痛と長い間のご苦労に思いを致すと、その解決は先送りできない課題だ。国会とも相談しながら新たな補償のあり方について可能な限り早急に結論を得られるよう指示した」

この3つの言葉は、非常に重い意味を持っています。また、普段の国会での紙を読み上げる総理の姿はそこにはなく、総理でなければ発することのできない言葉の重みを強く感じることができました。

深く深くお詫び申し上げる

総理が一人一人の被害者の方々とこれだけ多くの方々と時間を気にせずお話をされることは大変に珍しいことです。また、全面的な謝罪と解決に向けた行動を約束する姿も異例です。
さらに、偏見や差別の根絶を目指し、教育や啓発活動を行うことや全府省庁が一丸となってこの問題に取り組むことが示されたことも同様です。
また、この謝罪の場に時間の制限を設けずに臨んだ姿も高く評価できます。時間は戻すことはできませんが、想像するに水俣病被害者との懇親会で、発言中にマイクをオフするという暴挙に出た環境省の過ちに対する反省を踏まえたものだと思われます。

なぜ高裁判決の時点で謝罪しなかった

最高裁判決以前の高裁判決でも、この旧優生保護法は違憲であるとされていましたが、20年という除斥期間を盾に国は謝罪をしてきませんでした。
最高裁が「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認できない場合」は、適用を求める主張自体が「信義則に反し、または権利の乱用と判断できる」とし、89年の判例を変更し時の壁を取り払ったことで、国も全ての盾を失いました。除斥期間という時効のようなものが適応されないとすれば、優生保護を目的とした手術などにより被害を受けたすべての訴えに対して国が勝訴することは不可能でしょう。
角度を変えてみれば、だから謝罪に応じているともみることができます。しかし、私はそうした法的な判断をどのような心で受け止め、行動に移すかという点が重要であるとするならば、岸田総理の姿は評価に値すると感じます。

人の命を政策で左右した歴史

1949年に制定された旧優生保護法は、すでに日本国憲法が制定されているにもかかわらず、その当時においては立法過程で問題が無いと判断されたものです。現在の法務省、法を所管していた旧法務府は次のように立法過程において述べています。「本人の意に反して手術を強いても憲法の精神に反しない。」これは当時の旧厚生省の照会に対する回答です。その理由を「不良な子孫の出生を防止する」という「公益上の目的」を同法が掲げているので、憲法に反しないという理由でした。
この立法過程に関わった全ての官僚や政治家は、そのゆがんだ思想を憲法に書かれていない、むしろそうした危険な思想を抑止する憲法の内容を捻じ曲げ、解釈を乱用して実現していったのです。
国が正しいことをしているという幻想をこの何十年も多くの人に植え付け、障がいをもった人々を苦しめてきたのは国だったのではないでしょうか。いずれにしても、国が被害者を生み出した事実と向き合あったことも事実で総理の表情、態度に今まで以上の期待を私は持つことができたように思います。

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