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76 ミックスフライ定食          ~父親がたくした最後の思い~


はじめに

今日は、懐かしい顔に出会うことができた一日でした。
懐かしいと言えば、忘れられない味がいくつかあります。今日の教育ブログは、そんな、今となってはなかなか食べに行けない、思い出の味の中から、「ミックスフライ定食」について語るなかで、努力することの大切さについて考えてみたいと思います。

エピソード1「見まもる」

まだ、教師をしていたころ、いつも授業で願っていたことは、「一人ひとりが、仲間と協力し、自分の取り組みを一生懸命に伝え合い高め合う。」そんなことが毎日、すべての子どもたちができたらいいのにと考えていました。
社会の授業の中で、子どもたちが、自分たちが生きていくこの世界には、目を背けてはいけないたくさんの問題があるということに真剣に向き合えた時や共有し合えた時などは子どもたちの成長を強く感じることができ、それを見まもれたことにとてもうれしく思ったものです。
 そんなうれしい感覚にひたる時、いつも思い出す味がありました。それが、「ミックスフライ定食」なのです。

エピソード2「一本の電話」

あれは確か、10年以上も前の話です。
突然、昔の教え子のお父さんから一本のお電話をいただきました。前任の学校の近くにあった定食屋さんのお父さんからの電話に、懐かしさのあまり思わず、口の中にお父さんの作ったミックスフライの味がよみがえりました。その突然の電話の内容は少し変わったお願いでした。
「先生、12回でいいんだ。月に1回ずつ息子の料理を食べに来てほしい。俺の定食よりまずかった物は、残して帰ってほしい。」と小さな声で真剣に話される様子に、ただ事ではないことを察した私は、詳しくお話を伺うことにしました。

エピソード3「病院からのお願い」

お父さんの電話が、病院からであることは、会話と会話の間に聞こえてくる音で察しがつきましたが、それ以外の事情もその後のお父さんのお話で理解することができました。向こうのテレフォンカードが切れるまで、しっかりと話を伺った頃には、お父さんの親心に胸も目頭も熱くなってしまいました。もちろん話を引き受け、翌日から毎月第3土曜日の夕方に、教え子のミックスフライ定食を食べるために、車で片道3時間の道のりを走らせました。

エピソード4「息子のミックスフライ」

1回目、付け合わせのサラダとご飯以外は、一口いただいてほとんど残して帰ってきました。独身時代、週4回は食べていたあのミックスフライ定食に対する私の味の記憶は、すこし美化されているのかもしれないなどと、後ろめたい思いをもちながらも、静かに車を走らせ帰途につきました。
その後も月に1回は必ず、お父さんとの約束を守り、厨房奥の教え子には目も合わせず特に挨拶もせずに、毎回カウンターに背を向けて座れる席で、静かに食べては残して帰りました。
10回目の第3土曜日の同じ時間に、いつものように道を挟んだ向かいの駐車場に車を停車して、店の方を見てみると、教え子が店の前に定休日の看板を出しているのが見えました。

エピソード5「教え子と対面」

店の方に視線を送ると、一瞬目が合ったような気がしたので、軽く会釈をして静かに帰ろうとすると「先生、お待ちしていました。どうぞ。」と道の向こう側から大きな声で呼びとめられました。
「しまった。」と思いながら店に近づいていくと、定休日の看板はそのままで、店内に案内してくれました。「先生、今日はこちらに。」と案内されたのは、教え子の担任をしていた頃いつも座っていたカウンターの席でした。複雑な心境でしばらく待っていると「今日もお願いします。」と大きな声と共に、目の前にミックスフライ定食を出してくれました。
実は、教え子は気がついていたのです。そして、お父さんが私にお願いしていたことも聞かされていたのです。話によれば、私が何度も同じメニューを頼んでは残して帰る変な客だと気づいた注文係の店員が、9回目の来店の時に、そっと教え子に伝えていたとのことです。教え子が、そのことを父親に報告すると、お父さんは私に依頼していたことを打ち明けたそうです。

エピソード6「10回目の来店で」

それから10回目までの1カ月間、彼は父親の病室に毎日顔を出しては、お父さんの味を一生懸命にメモし、一人黙々と作っては病室に届け、味見をしてもらっていたそうです。
この日のミックスフライ定食は、お腹も胸もいっぱいになる味だったことは言うまでもないでしょう。パン粉のサクサク感、ほくほくのコロッケ、薄めの衣に包まれたぷりぷりのエビフライ、染み出る肉汁と玉ねぎの甘みが口いっぱいに広がるメンチカツ、それら全てが懐かしい味でした。
そして、お父さんの定食にはなかった、かにクリームコロッケが、美化された私の過去の記憶を塗り替える感動を与えてくれました。熱々のクリームソースとカニの風味が贅沢で幸せな満足感が沸き起こりました。あっという間に全てを平らげ、私はこれまで我慢してきた教え子への激励の言葉をいっぱいに込めて「ごちそうさまでした。」とバカでかい声で言わせてもらいました。すると教え子は「ありがとうございました。」と更にバカでかい声で背中を90度に曲げて返事を返してくれました。

エピソード7「墓参り」

お父さんとは、12回の約束でしたが、その日が最終日になったことを伝えるために私は病室を訪ねることにしました。病室で横になったままのお父さんに、息子さんの味が私の思い出の味を超えたことを伝え、固く握手をして病室を後にしました。
それから、2カ月後、お父さんの墓参りの帰り道、昼飯にミックスフライ定食をと考え、教え子の店を訪ねてみると店の外に並んでいるお客さんの姿がありました。お父さんがやっていた頃と同じ、いやそれ以上に、たくさんのお客さんでいっぱいになっている光景に、その日は胸がいっぱいになり、そのまま帰途につきました。

生きる力を育む教育

生きる力を育むための学びの多くは、与えられたものではなく、自ら問題に気づき、どう解決していくかを考え、努力する過程で育まれえいきます。
子どもたちが、課題や問題に気づき、解決していこうとすることは、彼ら自身が未来をつくっていくことなのです。
そうした、営みを人は「努力」と呼び、多くの人々がそのことが大切だということに気づいています。努力を続けることは大変難しく、大変意味のあることであるという認識に立って、子どもたちのたとえ些細な努力であっても私は大切に見まもっていきたいと考えます。

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