見出し画像

死と生

昨日1/28(土)は、父親の命日でした。
今日、年忌法要をしました。
お盆と命日は毎年、お坊さんに来ていただいてます。
昨年が23回忌法要(浄土宗です)だったので、
父親が死んで24年になりました。
ボクが28歳の時、58歳で自殺しました。
「父親が死ぬ」なんてことは、毛頭なく、
ましてや「自殺」って・・・
母親は一瞬、気が狂いました。
ボクはパニック状態。
弟はこの二人を俯瞰で見ていて、「全員おかしくなるとヤバい」と、冷静を無理矢理保っていてくれました。
葬儀を済ませた後、約1億5000万の借金があることが判明。
対処対応出来る知識人などなく、弁護士さんの門を叩くことに。
「限定承認」という手続きを選択し、手続き完了に約8年かかりました。
死後10年くらいは、「原因」を探っていた。
「誰の仕業?」なんかも探っていた。
そんな中、父親の親友が詐欺で逮捕されたりなんかもした。
「怒り」、「他責」で「心の穴埋め」をしていたと思う。
11年経った以降は、自分の仕事の油が乗りまくってた時期なので、頭の中での比率が極端に少なかった。

死後15年くらいに、母親の認知症が発症、進行。
メンタルやられて、「父親の自殺」がぶり返してきた。

秋田に来てから、「父親の死」や「借金の原因」への「立ち向かい方」が変わってきた。

私利私欲もあっただろうけど、
家族を養う、守る為に勝負に出たんじゃないだろうか?
ただ、マネーリテラシーが低かった。
糖尿病も深刻だったんだろう。
(タンスの奥深くから診断書出てきてた)
プライドが高すぎて、妥協出来ず、弱音も吐き出せず、相談も出来ず、諦めることも出来なかったのだろう。

ここ2~3年くらいは、「父親の自殺」からの「学び」を意識するようになってる。
マネーリテラシーをアップグレードし続ける。
健康を意識する。
片寄ったプライドを捨てる、持たない。
たまには妥協もし、諦めも。
「まあ、いいか~」の習慣づけ。
溜め込まずに、弱音も吐くし、相談もする。
「学ぶ」ことを継続し、日々アップグレードする。
父親と同じ死に方をしない為に。

そんなボク、明日1/30(月)で52歳になります。

伸び盛りの52歳(笑)ではあるけれど、
「死」へのカウントが一つ減ったわけで。
悲観ではなく、ポジティブな考えとしてね。

家族を守っていくのが最優先。
息子たちは、「親の所有物.ではなく、「社会からの預かり物」という意識を持つようにと、
昨日学んだ。
妻からも「学び」はたくさんもらってる。
息子たちからも学びまくってる。
「学び」への投資もする。
(本を買ったり、サブスクとか)
「健康寿命」を意識する、
長生きしたところで健康でなければ進化、成長出来ないからね。

朝から年忌法要があり、夜は誕生日パーティーという、なかなかオモロい日なので、
note書いてみた。

ほなまた。

いいなと思ったら応援しよう!