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バルコニー文化

バルコニー三昧

在宅勤務で鬱屈しているからという訳ではなく、もともと外が好き、ということもあり、賃貸住宅の狭いバルコニーに、セコくもビーチチェアを据えて、本を読んだり、昼寝をしたり、夕焼けみながら焼酎をすするのが、ささやかな至福の時間となっている。

しかるに、日本の住宅事情、都市部における人口密集からくる隣棟間隔もあり、ちょっとこのバルコニー文化が蔑ろにされてる気がしてならない。

まず持って、狭い。奥行きがジャスト1mだ。まあ、これは、当方が用意した予算が絡んでくるから、自業自得と言えばそれまでだが、どうも街中見渡しても似たような奥行きの薄っぺらくて、ただひたすら横に長いバルコニーがやたらと多い。

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こちらが見てるだけでも羨ましくなるようなバルコニーをそなえた共同住宅が少ない理由は、きっと以下の2つ。

1. 消防法の基準を適用し、バルコニーを避難動線として扱うケースがほとんど

2. マンションとしての管理規約上、このバルコニーが通常共用部扱いとされていること

消防法

消防法上、共同住宅特例、という考え方がある。同じ住居系施設としてのホテルに比べ、居住者は勝手知ったる自分の家、施設であることを鑑み、ある一定条件を満たせば、消防設備を緩和しよう、というのが発想のもと。

その一定条件というのが、二方向避難(共同住宅の入り口近くで火災があっても、違うルートから避難できるようになっていること)などであり、バルコニーが二方向避難のルートとして紹介されている、という訳だ。

この法律ができるのにも変遷があったらしい。

下記、「消防防災 2005・夏季号(13号)」に掲載された、小林恭一 消防庁予防課長(当時)のテキストに詳しい。

https://gcoe.tus-fire.com/archive_cms/kobayashi-k/cms/wp-content/uploads/2010/02/90da3f36e87bf47cab69508e3b3f3eba.pdf

つまり、戦後、共同住宅が作られ始めてから、消防法が基準を整備してし、まず昭和36年(1961年)に最初の基準(118号通知)が作られた。

この時点では、まだ二方向避難という概念が無かったという。

当然、バルコニーも、避難経路賭しての位置づけはなく、純粋に住い手の需要に答えるものとして、もっと自由な位置づけだったと察する。

ところがこの後、経済水準の向上などに伴い、共同住宅の高層化、ユニットの大型化が進み、消防法も時代の追いついて改正される。

昭和50年(1975年)に、「共同住宅等に係る消防用設備等の技術上の基準の特例について」(49号通知)が通知される。

ここで、二方向避難のために使える形のバルコニーの原則が示される。

「この細目は、当時、共同住宅の設計が多様化しつつあり、設計者の側も消防機関の側も、「二方向避難」や「避難路の開放性」の判断方法について明確な基準を必要としていたことから定められたものである。内容については、両者の意見を十分汲み上げただけでなく、当時は実施例が少ないが将来一般化する可能性があると考えられるパターンまで視野に入れた先進的なものであり、今に到ってもほぼ原型のまま用いられている。」
「それだけに、この細則が日本の共同住宅の形状に与えた影響は極めて大きい。この細則に誘導されて日本の共同住宅の多くが持つことになった「住宅全体に連続したバルコニー」、「二戸ずつ連続したバルコニー」、連続バルコニーで隣戸との境界に設置される「容易に破壊できる仕切版」、「外気に開放性された老化や階段」、開放廊下の一部に設けられる「防風スクリーン」などは、欧米諸国ではあまり見られないものであり、日本の共同住宅特有の外観を形づくるとともに、その集合体としての都市景観を決定付ける大きな要素ともなったのである。」

つまり、日本の高度経済成長期の住宅供給を背景に、消防法的に、当時の最大の配慮を行ったものが、今の都市景観を作ることになったという訳だ。

共用部?

ところで、消防法は、避難のことを言うだけであって、ここを共有部と定めるとしたのは、一般的には、区分所有法、と説明されている。

ところが、所有区分法上は、下記の記述となっており、避難経路と想定されているバルコニーについて、明記はされていない。

(共用部分)
第四条  数個の専有部分に通ずる廊下又は階段室その他構造上区分所有者の全員又はその一部の共用に供されるべき建物の部分は、区分所有権の目的とならないものとする。
2  第一条に規定する建物の部分及び附属の建物は、規約により共用部分とすることができる。この場合には、その旨の登記をしなければ、これをもつて第三者に対抗することができない。

ちなみにこの区分所有法が施行されたのが、昭和38年(1963年)とのこと。やはり、時代が高度経済成長に突入し、住宅供給が活発になったことを受けて必要とされた法律であろう。

結局具体的にこのバルコニーを共用部として明記してしているのは、国が定める標準管理規約のようだ。

標準管理規約、と呼ぶからには、あくまで標準であって、これをどう当該マンション用に書き換えるのかは自由、とも言えるが、おそらく日本の不動産業界は、原則これを踏襲している。

別表第2 共用部分の範囲

1 エントランスホール、廊下、階段、エレベーターホール、エレベーター室、共用トイレ、屋上、 屋根、塔屋、ポンプ室、自家用電気室、機械室、受水槽室、高置水槽室、パイプスペース、メータ ーボックス(給湯器ボイラー等の設備を除く。)、内外壁、界壁、床スラブ、床、天井、柱、基礎 部分、バルコニー等専有部分に属さない「建物の部分」
2 エレベーター設備、電気設備、給水設備、排水設備、消防・防災設備、インターネット通信設備、 テレビ共同受信設備、オートロック設備、宅配ボックス、避雷設備、集合郵便受箱、各種の配線配 管(給水管については、本管から各住戸メーターを含む部分、雑排水管及び汚水管については、配 管継手及び立て管)等専有部分に属さない「建物の附属物」
3 管理事務室、管理用倉庫、清掃員控室、集会室、トランクルーム、倉庫及びそれらの附属物

この標準管理規約が、指針として国から通達されたのが、昭和57年(1982年)。

避難経路扱いの共用部としてのバルコニー

と言うわけで、簡単に振り返って見たが、高度経済成長期の住宅供給のスピードに社会として追い付きつつ、安全と言う名の質をも高めながら、産み出されたのが、この日本型、バルコニーであるわけだ。

当時の先見で、ここまで避難のことを考慮していたことは誇るべきことであろう。

一方、以降、この法規に則ることを最優先し、さらにそこが、共用部故に売り場面積から除外されることで、販売部分に重きを置く商品設定上、バルコニーの豊かさ、と言うものが蔑ろにされてきたと言えなくもない。

・バルコニーには、ビーチチェアと、カクテルを乗せるサイドテーブルがおける十分な奥行きを確保すべきである

と書かれた、建築設計上の指針もあまり見たことがない。

縁側文化からバルコニー文化へ

これは、ちょっと残念な事態だ。

もともと、日本の住宅には、縁側というものが存在し、そこが、中と外を緩やかにつなぐ場になっていた。

公の外の空間と、プライベートな家の中の空間。近代社会において、しばし、人は、その社会的、物理的距離を超えることに心理的抵抗を感じるが、元を返せば、古来日本のみんかにおいては、その2つの空間が明快に分けられていなかったからだ。

渾然一体となっていた事物を2つに分けることで、内面的にも分裂が起きる、それが良くも悪くも近代の特徴と言えるのであろうが、何も分裂しっぱなしでは面白くない。

庭付き戸建てを諦めて、住宅を垂直に積み上げて住うことを社会として選択した戦後の日本として、じゃあ、かつてあった縁側文化を転用してそれを豊かなバルコニー文化として醸成する必要がある。

世界を見渡しても、バルコニーを二方向避難経路として利用する国は希有だろう。ただ、そこは避難や消防隊の活動に有効な手段として、温存しても構わぬ。

ただ、専有部分じゃないから、という理由で、スペースとしての作り込みへの配慮が欠けるようでは残念この上ない。

地面に接していないが故に、唯一の、外と中との距離を緩やかにつないで見せる場がバルコニーだからだ。

そう言われてみれば、バルコニーには、いろんな距離が漂っている。

・外部と内部の距離

・鳥のさえずり、近くの高速道路を通る交通の音、近所の公園で転んで泣いてる子供の声、駐車場で馬鹿騒ぎするお兄さんお姉さんの声、近所のバルコニーから聞こえて来る近隣の声、などなどの、外部の音と、室内のプライベートな家族の会話との距離

・温度、湿度、雨、風、日射などの、外部気象条件と、内部の空調換気がコントロールされた室内条件との距離

・公の場の自分と、家庭の中での自分との距離

・空(宇宙)と大地との距離

・ネットでは検索不能な、流れゆく雲が織りなす映像と、ネット上で大量消費される動画との距離

・緩やかに意識される、他のビル・住宅から寄せられる、遠い視線と自分の視線との距離

などなど。

バルコニーこそ、住居の中にあって、様々な距離をつなぐ、いわば思考の実践の唯一の場と言っても過言ではない。

避難だけに供与するのではない、様々な距離の間にあるべき最高の「曖昧な」空間としてのバルコニーの発展を期待したい。

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補足

ちなみに、海外においては、バルコニーを避難経路に指定することは通常なく、また販売上も、バルコニーを面積にカウントするのが一般的と認識している。

とはいえ、ニューヨークにおける、前面道路に面した非常階段が、街並みや、数々の映画の一コマに与えてきた影響も大きい。これも、消防避難上の配慮が文化に醸成された例だろう。火災からの避難よりも、警察や悪い輩から逃げてるシーンや、ここを舞台にコミュニケーションをとっているシーンが多いと記憶しているのは、気のせいか。

また、いずれ、書いて見たいが、日本の映画のワンシーンにも、日本式集合住宅バルコニー文化が描かれてることもある。




 





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