誕生日を知らない超ブラック企業勤めの青年が慶應義塾大学への進学を目指した話 ④
しかし、まだ一縷(いちる)の望みを持っている。
それは彼がここ1年間自分で勉強を進めていたと聞いていたことからかなりの学力を保持している可能性があるかもしれないということだ。勉強していたという彼の言葉と使い古された数々の参考書を目にすると期待せざるをえなかった。
私は必死に絶望感を顔には出さないようにしつつメモを取っていく中で、聞いていないことがあることを思い出した。
(偏差値いくつか教えてもらっていなかった・・・)
「あ、そういえば偏差値っていくつなの?英語と世界史、それぞれ教えてください。」
「あの・・・偏差値ってなんですか?模試は受けたことがありません。仕事が忙しくてそんな時間がないのです。」
真剣な眼差しをこちらに向けながらダイキ君の口から私が想定していなかった返答が放たれた。
受験を検討しているにも関わらず偏差値を知らない人間がいることに私は驚愕し、次の質問を投げかける。
「え?今まで一度も模試受けたことないの?なんで?」
「模試を受ける時間がないのです。仕事が忙しくて・・・」
この返答を受けて更なる疑問が沸いてきたのでぶつけてみた。
「仕事って?どういうこと?高校生じゃないの?」
その質問を受けた途端にダイキ君の顔が曇りはじめ、非常に言いにくそうに言葉を発した。
「実は・・・今は・・・土木系の会社でアルバイトをして生計を立てています。そして受験生といいましたが、今は通信制の高校に通っていて来年(※年明け3月のこと)で単位取得完了し卒業予定です。日中は働いているのでなかなか勉強時間をとることができません。」
(・・・通信制高校か。今までこのケースは持ったことないからどうやっていくか悩むな。)
「なるほどね。でもアルバイトで忙しくて時間がないということはどういうこと?」
私の知識の範囲内では、アルバイトでの労働とは一日の内で働いても8時間、長くとも精々12時間程度のものであり、シフトにより休みがある、というものである。毎日働くわけでもないので、基本的に土曜日もしくは日曜日に開催される大学受験の模擬試験を受けたことがないという彼の返答を信じることが出来ないでいた。
すると平然とした顔で労働環境について語り始めた。
「休みというものはありません。ずっと仕事をしているので模試を受けたことはありません。」
「いやいや、休みがないってどういうこと?アルバイトでしょ?シフトじゃないの?」
「違いますよー。うちの会社ブラックなので休みなんてないですよ。毎日6時から仕事ですよー。」
「は??朝6時???終わりは何時なの??」
「日によりますけど、だいたい23時とかですね!今日は珍しく早く終わったので19時でしたけど。」
(労働基準法違反してないか・・・?)
「ちょっと待って・・毎月何時間労働している?」
「わかりません!計算したことないので!」
「わかった。ちょっと計算してみようか。6時から23時まで1か月を30日として定休日なしで働いたとして、毎日17時間労働だよね。休憩1時間おいたとして・・・480時間働いていることになるけど・・」
私は驚きの声と顔を隠すことが出来なかった。
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