誕生日を知らない超ブラック企業勤めの青年が慶應義塾大学への進学を目指した話 ⑩
―2時間経過―
解いている様子はあるのだが、やはり非常に遅い。一週間で改善できるものではないとは言え、2時間たった時点で亜細亜大学と日本大学の大問をそれぞれ1つずつしか終えていない。このままでは5時間与えないと終わらないであろうと思った。
「もう時間だから現時点のものでいいから見せて」
「・・・わかりました。だめだあ、ほんと時間足りません。」
「いやいや・・・このレベルの英文でこんなに時間かけているようじゃ六大学なんて目指すレベルではないよ・・・」
流石に少し言い過ぎたか、と思いつつ彼の反応を待つ。
「そうですよね・・でも!正答率を見てください!」
底なしのポジティブさである。
この返しがくるとは想定もしていなかったので驚いたが、少しでも褒めるところを見つけようと思い、採点を開始した。
すると想像していたよりも出来がいい。亜細亜大の問題は全問正解、日本大学は1問ミス。偏差値50~55クラスの大学の英語問題であればほぼ完璧に出来ている。
分からない単語や文章、構文は無いか聞いたところ、全くなかったという返答が来た。
そう彼は分からないのではなく読解スピードが絶望的に遅いだけであり、知識そのものは平均点な受験生よりも持っていた。
これは大きな収穫でもあった。彼の改善すべきポイントが非常に明確に分かったのである。しかしそれは2か月後の入試では到底解決できない問題でもあった。
「日本大学レベルの英語でこの正答率なら偏差値55はあるね。時間内に全部解き終われば・・・という条件付きではあるけど(笑)」
「どうすれば読むスピード上げられますかね。」
「とりあえず、文章を指でなぞって口ずさみながら読むのをやめなさい。時間の無駄だし、それ試験中にやったら一発アウトで退場よ。」
そう、彼には悪癖がある。読書に慣れていない小学生が文章を読むときにやるような「指なぞり」と「口ずさみ」をするのだ。
「それをしないと、どこまで読んだのか分からなくなるのですけど、どうすればいいですか。」
「目で追って処理するんだよ。」
「またまたー、そんなの出来るわけないじゃないですかー。」
「キミは何を言っているんだ。普通の高校生ならみんなやってるよ。指差ししながら読む人いないから」
「え・・・みんなそんな超能力もってるんですか!」
「超能力じゃなくて、普通だよ。こういうのは中学生くらいで矯正されると思うんだけど、これまで学校のテストとか高校受験とかどうしてたのよ。」
私は心から疑問を持っていた。この悪癖の付き方は一朝一夕で身についているものではない。これまでずっとこのスタイルを突き通していた結果であることは容易に推測できる。となると、彼は定期テストや受験時にも同じようにやっていたはずだ。これを試験会場でやると一発アウトな行為である。
「通信制高校は作文と面接だったのと、中学は行っていないのでテスト受けたことありません。」
「ん?中学校に行っていないとはどういうこと?ちょっと意味が分からないんだけど。義務教育だよ?」
「働いてましたよー。ほら、うちの会社人手不足なので。」
さらっととんでもないこと言ってきた。
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