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私がしていたのは、紺のおんぶ紐!
先週、断捨離の作業を進めていた時のこと。
物置きを入ったところの左手に、縦長のジッパーがついた、ナイロン製の衣装ケースがある。
そのいかにも古めかしい、今ではそんなに見かけない型の衣装ケースは、いつでも、ジッパーは開けられていて、不要物を入れることの出来る状態になっているから、物が溜まっていく。
主人がもう着そうもないような服、主人が溜め込んだCDが大方だが、無造作にずっと置かれていたものが、気になっていた。
もう、イランやろ・・・
そう思っていた「赤のおんぶ紐」を、主人が引っ張り出してきた。
これも、いらんのとちがう?
子供らをおんぶしていた、おんぶ紐やで。
えーっ?!
ちがうで。わたしがしてたのは、紺のおんぶ紐やで。
ちがうって。これやって!
え・・・・っ?!そ・・・そう?
押し切られて、最近、記憶力に自信がないわたしは、違和感を感じながらも、主人のいうことを危うく信じるところだった。
何がなんでも、赤いおんぶ紐は、型が古いし、違和感があった。
私がしていたのは、紺のおんぶ紐!
そんな気がして、写真を確認することにした。
おんぶ紐をして、息子をおんぶしている写真に、覚えがあったのだ。
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ときには、機嫌のいい息子をベビーベッドで遊ばせて。
ほら!やっぱし、紺やったで!
私は、写真で確認したことを報告する。
あの、紺のおんぶ紐は、もうないでなぁ?
その日の夜、主人にそれとなしに聞いた。
ないことは、分かっていたのだけども。
え?!あったで。
あのあと、ケースの右上のところの端っこのほうに、何かあるな・・・って見てみたら、あったで。
え・・・・・・?!
うっそお!
無性に、おんぶ紐に会いたくなった。
はやる気持ちはあったけど、時間も時間だったので、明日にしようと決めて眠りについた。
次の日、おんぶ紐をもとめて、物置きへ駆け寄った。
衣装ケースの右上の端っこのほうに、それは、小さくたたまれて、しまわれていた。
よいしょっと、少し力ずくで引っ張り出すと、どこか懐かしい香りがした。
もちろん、違和感もなかった。
そう!これこれ!
私は、部屋へ持ちださずにはいれなかった。
ゆっくりと、再会を感じたい・・・。
その思いが強かった。
もうとっくに捨てたと思っていた、おんぶ紐。
他のベビー用品は処分できても、もしかして、あえて残しておいたのかもしれない。
気が付くと、わたしは、おんぶ紐を両手でギューッと抱きしめていた。
おんぶ紐を握る手も、自然に力が入る。
がんばったね。あのときのわたし。
よくがんばったね。
あのときの、わたし。
おかえり。
あのときの、子供たちを抱いていたものだと思っていたけど、ちがう。
あのときの私を抱いていた。
こんなにも、自分のことを褒めたこと、あったっけ・・・。
不意にこぼれ落ちる涙をぬぐいながら、当時のことを思い出す。
当時から、抱っこ紐をするお母さんが多くみられたけど、私はおんぶ紐をえらんだ。
家事をするときも、倉庫で仕事をするときも、両手がつかえて、私には便利だった。
当時は自分で車を運転して、買い出しへも出かけたけど、
「あらぁ!おんぶ紐!やっぱし、赤ちゃんはおんぶがええねぇ!」と、年配の人に声を掛けられたこともあった。
息子が生まれて初めての秋、息子をおんぶして、倉庫で仕事をした。
それまで、夕方にしごとをおいて、そこから、皆で選果(箱詰めの作業)して、選果が終わり次第、夜8時か9時に、トラックを走らせ市場へ向かった。
帰ってくるのは、いつも、日をまたいだ時間だった。
私が息子をみながら、荷づめの作業をしたら、少しでも主人の荷も軽くなる。
その思いだからだったけど、義母や主人の険しい表情を見ていると、やらざるを得なかった。
自分の意思ではじめたことだけど、実際は大変だった。
お腹にはすでに娘を宿していた。
息子の出産後は、主人は寝かせつけやお風呂に入れるのを手伝ってくれたけど、休んでいる間もなく、皆の夕食を作り、薪風呂を焚いた。
いまとなっては義母は食器の片付けなど、自分のことは自分でしてくれるが、当時はぜんぶ私がしていたから、その他のチョコチョコした家事も多かった。
それだけでも大変だったけど、当時の義母の態度や様子、言葉などから、農家は畑で仕事ができてナンボ。家事をする人間より、農作業をする人間のほうがエライと、解釈していたわたしは、秋は倉庫で仕事を手伝おうと決めた。
より良い農家の嫁になるために
写真を撮ったとき、「えらい、よう頑張ってるやん!子供をおんぶして仕事するなんてこと、これからないかもしれんから、写真撮っとこか」と茶化して、主人が撮ってくれた。
当時は、1級品は、選果場へ出荷し、2級品だけを家で選果し、市場へトラックで運んだから、なんとかひとりで出来る量だった。
だけど、そのしわ寄せは後にやってくる。
心身ともに余裕がなくなって、ずっとこの家に残ることに関して不安を感じ始めたのが、このころ。
ふたり目が生まれたら、もうこの家から、離れられなくなる。
いいようのない、不安と焦り、脅迫されている気持ちが襲ってきた。
それまで誤魔化し、自分の気持ちにフタをしていた思いが溢れた。
ちょっと無理していたのかもしれない。
マタニティーブルーだったのかもしれない。
いずれにしても、主人とわたしの距離感は次第に開き始めた。
次の年は、夏に娘がうまれ、まだ首が座らない娘を乳母車で見ながら、息子をベビーベッドや、倉庫近辺で遊ばせながら仕事をした。
もちろん、写真を撮る余裕なんてなかった。
結婚生活のなかで、どん底の時期に落ちようとしていた。
だから、おんぶ紐をして子供を背負って写っているのは、この写真だけ。
若かったから、がむしゃらに頑張れたんだと思う。
いまは、何がなんでも無理だなぁ・・・。
子供をおんぶして仕事するだなんて(笑)
だけど、それも、わたしにとって必要だったこと。
あのとき、頑張ってよかった。
人生の中で、そうがむしゃらに頑張れることって限られているだろうし。
いまとなっては、不良の農家の嫁は、もうあれほどの優等生は目指せない。
優等生を目指す必要もなくなったしね。
不良なくらいが、ちょうどよい。
次からつぎへと断捨離して、すっきりするのはいいけれど、どうしても断捨離できないもの・・・あるよね。
残しておいて良かったものもあるかもしれない。
今回の断捨離は、不意にあの頃のわたしと遭遇したできごとだった。
ちなみに、「赤のおんぶ紐」は、主人の叔母にいただいたもの。
いちども使われることなく、今回、断捨離。
「紺のおんぶ紐」は、結局は、今回も断捨離できなかった。
娘がいつか、子供を授かることがあれば、思い出話しの一環に持ち出して、それから、断捨離しようかな・・・だなんて言ってるから、なかなか、物が減らない・・・。
そのときは、とっくに忘れてるかもしれないのにね。
おんぶ紐を断捨離出来なかったこと。