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アイスランドから見る風景: vol.5 秋の到来と子羊のスープ

1年を通して雨が多いのはアイスランドの常だが、その中でも晩夏から秋にかけての強風を伴った冷たい雨は身に沁みる。この鬱々とした天気が通日続くと、木々はあっという間に葉を散らす。人の目を楽しませることもなく、色褪せた葉は風にさらわれ、雨に地べたへと打ちすえられる。それと同時に日照時間は日に日に短くなり、気温も10度を越える日が少なくなっていく。

数年前から、アイスランドでも”秋”と呼べる時期が長くなった。全体的に季節が1カ月ほど後ろにずれ込んでいる様子だ。年によっては、8月よりも9月に晴れの日が多いこともある。そうすると、夏の名残の太陽を浴びて、木の葉はゆっくりと色づき、森林が少ないこの国でも、ささやかではあるが美しい紅葉が見れたりもする。ただし今年の9月はこれまで雨ばかり。残念ながら今回は紅葉を楽しむのは難しそうに思われる。

秋の気配を感じさせるこんな天気に合うのは、Kjötsúpa(キョート・スウパ)と呼ばれる小羊のスープだ。夏の間は屋外でのグリルに忙しかったアイスランド人たちも、雨で調理は室内に戻り、肌寒さに体を温める食事が恋しくなる。この季節は特に、地産の野菜の収穫と子羊の屠殺の時期にも当たり、栄養価の高い新鮮な食材が手に入りやすい。野菜をそのまま出しても食べてくれない子供たちも、肉と一緒に煮込めば食欲も湧くようで、このときばかりといろいろな野菜をスープに加えてしまう。

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スープというものは、もともと食材の残りを使った家庭料理だから、基本的に何を入れてもいいとは思うのだが、それでもkjötsúpa(お肉のスープ)という名の通り、外せないのが肉だ。昔のアイスランドでは、あらゆる残り肉をこのスープに使っていたようである。しかし今日、この時期のkjötsúpaは、やはりラム(子羊)であることが王道だと思う。

スープ用の大きな骨付きのラム肉を、店で手に入れることは容易い。しかし、それくらいの肉を茹でるには、かなり深く大きな鍋が必要だ。4人の家族の2回分の食事として考えると、骨付きであれば、スライスしたものでも十分間に合う。赤身だけのフィレは、スープにはもったいないので、お勧めしない。脂身が少し残っている骨付きのほうが、スープの味に深みがでるように思える。

子羊の肉であることも重要だ。アイスランドのラムは、生まれてから4~6カ月の早い時期に屠殺される。またこの国では、ラムたちは生まれてからずっと屋外で放し飼いにされており、化学肥料を与えられることなく、自然の薬草を食べて育っていく。家畜業で”ラム”と言うと、通常は生まれてから12カ月までの羊を指す。そう考えると、アイスランドのラムは、肉が柔らかく、自然そのもので、汚染されていないと言っていいだろう。

他にスープに不可欠なのは、スウィード(ルタバガ/スエーデンカブ)と呼ばれる根菜、人参、ジャガイモの野菜類と大麦だ。ラム肉に加えて、この4つを押さえておけば、アイスランドの子羊のスープになる。味付けは、好みのブイヨンに塩と胡椒。少しだけ白ワインを加えて、ローリエとタイムを入れると、さらに洗練された味になる。もの足りない場合は、レンズ豆や黄スプリットピーを加えると、お腹が膨らむことは間違いない。これらの豆は最後に入れるほうが、煮崩れしなくて見た目もいい。いずれにせよ、どの家庭も好きなものを加えるから、オリジナルのスープが各家庭ごとに、そのときの食材に合わせてある、と考えてもらっていいと思う。

スープの付け合わせには、サワードウのパンがよく合う。アイスランドでは、この種類のパンは最近特に人気がある。できるだけ焼きたてを買い、温かいパンにバターを塗って食べると、とても美味しい。焼きたてがなければ、アルミホイルにくるんでオーブンで温めれば、パンはまたふわふわになる。

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今現在このスープは、観光客のために、季節を問わずどこでも食べることができるのだが、わたしには不思議といつでも食べたくなる料理ではない。しかも、自分でkjötsúpaを作るのは、秋到来のこの時期だけになることも多い。それはきっと、新鮮な食材を目の前にして、時間をかけて丁寧にスープを作ることで、冬を迎える心の準備をしているからだろう。アイスランドの冬は、暗く、寒く、人の心を挫く過酷さがある。それに負けない生きる力を、子羊のスープはひとに与えてくれるような気がする。







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