芸術史(日本2)のレポート
はじめに
このレポートは京都芸術大学通信課程の在学中に書いたものです。最初、どのようにレポートを書けばいいのか悩んだ経験から、誰かがレポートを書く際の参考になればと思って投稿しています。
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レポート本文
菱川師宣による大衆への流行発信
世界的にも評価の高い浮世絵。浮世絵版画が登場する以前は基本的に肉筆の一点物であった。菱川師宣の「見返り美人図」は肉筆画である。「見返り美人図」が描かれた時代は、戦の世がひと段落した徳川四代・五代将軍の華やかな元禄文化が横行した時代である。師宣は「見返り美人図」に当時流行していた髪型や着物、帯のしめ方を反映させている。流行していた髪型は後ろ髪を輪状に結んだ玉結び、べっ甲の櫛と笄を髪に刺し、着物は紅色で絞りが入っており、金糸の糸で刺繍もされている。この着物の柄の細やかな描写は縫箔師の家に生まれ育ったことが生かされている。帯のしめ方は「吉弥結び」。当時の歌舞伎役者である上村吉弥が考案した結び方で、現在でも小粋な帯の結び方として人気である。
肉筆の一点物は非常に高価で権力者や富裕層などの一部の限られた人しか買うことができなかったので「見返り美人図」での流行の発信力は弱かったと考える。
当時情報発信を担う出版は墨一色の木版で行われていた。木版出版の流行により、書店が増え、書物が一般庶民の手の届くものになる。師宣はそこに着目し浮世絵師を集めて工房を組織し、彫り師、刷り師による分業を確立。美人画などの肉筆画を版画として大量生産するシステムを作り上げる。これにより庶民も浮世絵版画を購入し、多くの人が発信された情報を得ることができるようになる。また師宣は、文章が主で挿絵は小さなスペースに描かれるものだった書籍の絵と文章のサイズを逆転させ、わかりやすい情報を発信する力量も優れていた。例えば現在の情報誌の先駆けでもある「吉原恋の道引」は吉原のガイドブックで、当時のしきたりなどが絵を用いてわかりやすく説明されている。
「菊に棕櫚文様帷子(濃茶麻地菊棕櫚文様帷子)」は寛文小袖に分類される。寛文小袖は、肩から裾へ弧線を描き大柄な紋様を配置、左身頃は空きを設けており、絞り染と刺繍を主に紋様が形成され、左右非対称になっているのが特徴である。この紋様は寛文七年(1667)刊『御ひいなかた』に掲載されていた「きくにしゆろ」に近似し、雛形本と実際の作品が一致する貴重なもので、菊の紋様の部分は鹿の子絞りで、染料のにじみ防止のため輪郭には金糸が縫い付けてある。
師宣は、小袖の雛形本も手がけており、版本には「小袖の姿見」「当世早流雛形(新板当風御ひいながた)」がある。「小袖の姿見」は女性や若衆の姿を右に、左に小袖の背面図を配す構図で描かれており、文様の構成が大きく寛文小袖の影響によるデザインと考えられる。「当世早流雛形」では、背面型と共に衣桁や屏風、縄や棒などに小袖をかけた形で描かれおり、寛文小袖の影響は希薄、幾分大きめにデザインされた単位文様を小袖全体に散らす構成に変わっている。これは天和三年に総鹿の子および金銀刺繍入り衣類の禁止令「天和の禁令」にいち早く対応したデザインで、時代のニーズの適応力の高さを示している。
菱川師宣は、浮世絵の祖としてだけではなく、優れた適応力、情報の発信力により、一部の人たちだけの絵画を大衆化することに大きく貢献した人物といえよう。
(本文総文字数 1316字)
註・参考文献
東京国立博物館 見返り美人のファッション・チェック https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2012/09/03/%E8%A6%8B%E8%BF%94%E3%82%8A%E7%BE%8E%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%AF/ (2022年8月21日閲覧)
TOKYO MXプラス 浮世絵誕生の瞬間に迫る…菱川師宣の半生に片桐仁が驚きの連続! https://s.mxtv.jp/tokyomxplus/mx/article/202206041150/detail/ (2022年8月21日閲覧)
文化遺産オンライン 濃茶麻地菊棕櫚文様帷子 https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/574956 (2022年8月21日閲覧)
文化遺産データベース 濃茶麻地菊棕櫚文様帷子 https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/158998 (2022年8月21日閲覧)
サントリー美術館 新板小袖御ひいなかた https://www.suntory.co.jp/sma/collection/data/detail?id=839 (2022年8月20日閲覧)
NHK for School 浮世絵の作り方 https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005310104_00000 (2022年8月10日閲覧)
くもん こども浮世絵ミュージアム https://www.kumon-ukiyoe.jp/flow.html (2022年8月10日閲覧)
IRDB学術機関リポジトリデータベース 日本印刷文化史上における菱川師宣 https://irdb.nii.ac.jp/01470/0002733572 (2022年8月20日閲覧)
岡部昌幸著『浮世絵の教室』、株式会社三才ブックス、2020年
鈴木俊幸編『出版文化のなかの浮世絵』、勉誠出版株式会社、2017年
丸山伸彦著『江戸モードの誕生ー文様の流行とスター絵師』、株式会社角川学芸出版、2008年
竹中健司、米原有二著『木版画 伝統技法とその意匠 絵師・彫師・摺師 三者協業による出版文化の歴史』、株式会社誠文堂新光社、2021年
蛇足などなど
2022年夏期に書いたレポート。
最初のレポートの反省を踏まえて、師宣の情報発信力にスポットを当てて作成。80点
師宣に関する知識は、その後に書いたレポートに生かされるのであった..