革命製懐中電灯
「なあ、親父さんが昔、海外セレブのボディーガードだったって本当?」
若い男の質問に、骨董品屋の店主にしてはガタイの良すぎる肩を微動だにせず、老人はその男の持ち込んだ古めかしい懐中電灯を見つめている。そして
「うちじゃあ、こんな新しいものに値はつかん」
と、ぼそりとつぶやいた。
「一体、これのどこが「新しい」んだよ?」
男が反論する。こんな態度の若い客など昔は相手にしなかったんだが、と出かかった一言を抑え、老人は窓辺にたたずむガラス工芸の手の込んだ花瓶を指さした。
「あれは16世紀に作られたものだ。ルドルフ二世が作らせたという話もある。あんたの頭の上にぶら下がっている銀食器一式、オーストリア・ハンガリー帝国時代のものだが、フランツ・ヨゼフ一世が実際に使った可能性もある。証拠不十分で博物館は欲しがらないがね。それに比べて、あんたの懐中電灯はどうだ」
小馬鹿にしたように老人は続けた。
「せいぜい古さは30年かそこらだろう?こういったものは受け付けてないんだ。売れないからね」
それを聞いても、若い男は持ち前の飄々とした表情で平然としている。
「きっかり33年の古さだ。1989年に製造されたんだよ。製造年が持ち手のところに刻まれてるんだ。親父さん、これは売れるよ、だってビロード革命の年だぜ」
老人はますます渋い顔をして、懐中電灯をにらみつけた。我が国が共産政権を打倒したあの革命が、この若い世代にとっては既に「古い歴史の一部」となってしまったのか、と思うと怒りよりも虚しさがこみあげてくる。
そんな老人には目もくれず男は続けた。
「親父さんだって、あの時、希望に満ちた明るい未来を夢見たんだろ?だからボディーガードなんて博打な職業に就いたんだ。さぞかし面白かっただろうね、革命直後の90年代、世界のスターを護衛する仕事なんてさ。そんな劇的な変化を象徴する年に造られた懐中電灯、『明るい未来を照らす明かり』だって、売りになると思うけどね」
一息にまくしたてられた男の言葉に老人は驚いて顔を上げた。男の姿が心なしか明るくなったような気がした。
そうだった。革命後、一気になだれ込んできた「西側」の文化。それに直接触れるために、もう亡命は必要ない。職業も選べる。当時、老人は自分の身体能力を活かすべく、常に危険と隣り合わせではあるものの、国内外のトップエリートを護衛するという華々しい仕事を選んだ。
「親父さん、いくら年取って、若い世代や政治に失望したからって、こんなところに引っ込んでちゃいけない」
そう言いながら男の体は光を放ち始めた。
「あんたの知識と経験を必要としている人たちがいるんだ」
それを伝えに来たんだよ、と男は最後の言葉を放ったかと思うと、完全に光となり、89年製の懐中電灯に吸い込まれていった。
残された老人は呆然と、ひとりでに明かりをともす懐中電灯をただ見つめていた。
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本記事は「冬ピリカグランプリ」出品作品です。
昨日つる・るるるさんに、数ヶ月前に書いた掌編にコメントをいただきまして、感化されて調子に乗って一晩で書き上げてしまいました。グランプリの趣旨からは外れちゃってる気がしますが。「こういう作品もあるのね」と思っていただければ。