ヴィクトリア朝時代~芸術を日常生活の一部へ「高めた」人々~
この度、縁あって、新宿のSOMPO美術館にて開催されている「ボタニカルアート展」にて、19世紀のイギリスのテーブルセッティングを再現するという、大変光栄な仕事に携わることが出来た。貴重なヴィクトリア朝時代のテーブルウエアに、実際に触れる機会などそうあることでは無く、それだけで有り難い。
ヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年は、産業革命によって経済の発展が成熟に達したパクス・ブリタニカの世、イギリス帝国の絶頂期である。美術にとっても黄金時代であり、多くの優れた芸術家、芸術作品が生まれた。
その中で3名の人物を取り上げたい。
1人目は、ジョサイア・ウエッジウッドである。
ただし、彼はヴィクトリア朝時代の人ではない。そのおよそ100年前、1730年に生まれ、産業革命と共に事業を拡大。「イギリス陶工の父」として、ウエッジウッドを創始した起業家である。それまで「農民の手工芸」「農民の副業」にすぎなかった製陶を一大産業に変換させた彼は、貴族にしか手が届かなかったテーブルウエアを市民階級向けに量産しようと思いついたパイオニアだ。その名を冠したブランドは現在もなお続いている。
2人目にウィリアム・モリス。
イギリスの詩人、デザイナーであり、1880年から始まったアーツ・アンド・クラフツ運動の提唱者。産業革命によって大量生産が可能になったものの、安価だけれど粗悪な商品が溢れる結果にもなったことを鋭く批判し、中世の手仕事に帰って、生活と芸術を統一することを主張した。その結果、このモリスの思想はイギリスに留まらず、世界各国にも大きな刺激を与え、私が尊敬するアメリカの建築家フランクロイドライトや、日本の美術評論家であり民芸運動の主唱者である柳宗悦も彼からの影響を受けている。
そして3人目にイザベラ・ビートンだ。
ヴィクトリア時代に、いわゆる家庭運営の手引書である「ビートン夫人の家政読本」を著した。内容は料理のレシピ以外はもちろん、ファッション、保育、畜産、毒、使用人の管理、化学、宗教など多岐に渡っており、テーブルセッティングも生活の一部として紹介いる。当時のイギリスでは、最大のベストセラーだった。
ジョサイア・ウエッジウッドとウイリアム・モリスは生きた時代背景が違ったことで、全く逆ベクトルの仕事をしたが、「より多くの人々の生活を、豊かで、美しいものにしたい」という願いは共通していたと思う。そして、彼らの生み出すテーブルウエアを活かし、テーブルコーディネートを日常生活に浸透させたビートン夫人の功績も大きい。
この3人は、美しいものが芸術として奉られるのではなく、日常生活の中で使われてこそ輝きを増すこと示してくれた。いわば、芸術を生活にまで「高めた」。ここが、私が最も尊敬する点であり、自身が目指し、活動を続けている所以でもある。
そんな思いを噛み締めながらヴィクトリア朝時代のテーブルに再現に取り組んだ。
大切な人たちと一緒に、食事をしているつもりになって、楽しんでいただけたら幸いだ。
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